第4話「忘れの季節と夏祭りの幻」
海沿いの町は、夏祭りの準備で賑やかだった。屋台の匂い、浴衣の裾を揺らす風、提灯の淡い光……。
藤原あかねはその光景の中で、ふと違和感を覚えた。
「あれ……?」
縁日を歩く生徒たちの中で、一人の少女の姿が見えない。いや、正確には存在が認識されていない。周囲の人々は、まるで誰もそこにいないかのように振る舞っている。
その少女は、以前あかねが見かけたことのある転校生の友達、山本紗耶だった。
紗耶の名前を口に出すと、誰も振り向かない。
あかねはそっと手帳を取り出す。
【山本紗耶 去年の夏祭りで友達と迷子になった 笑顔が明るい】
書き込むと、空気がふわりと揺れ、紗耶の輪郭があかねの目に浮かんだ。彼女は小さく手を振る。
「……あかねさん?」
あかねは微笑む。
「大丈夫、覚えてるよ」
その瞬間、町全体の空気が微かに変わるような感覚が走った。
――忘れの季節が、また動き始めた。
紗耶と一緒に祭りを歩きながら、あかねは考えた。
なぜ、特定の人々だけが忘れられるのか。
なぜ、町の人々はそれを当然のことのように受け入れるのか。
「ねえ、あかねさん。なんで私たちだけ……?」紗耶がぽつりと言った。
あかねは手帳に触れ、静かに答える。
「きっと、この町には、忘れることで守られる秘密があるんだと思う。でも、私はそれを知らなくても、あなたを覚えてる」
祭りの夜、花火が空を彩る。
あかねは手帳を握りしめ、決意する。
――忘れられた人々を救うこと。
それは、町に隠された秘密に立ち向かうことでもある。
夜風に揺れる浴衣の裾と提灯の光。
あかねの心に、これから訪れる“忘れの季節”の真実への覚悟が、静かに芽生えた。
次に消えかけるのは、誰なのか。
そして、この町の秘密とは――。
あかねの“忘却帳”は、今日もまた新たなページを待っていた。




