第3話「海辺の転校生と消えた弟」
放課後の教室は、いつもより少しざわめいていた。
「今日、転校生が来るらしいよ」
廊下を通り過ぎる生徒たちのささやきに、あかねの心は少しだけざわついた。
その転校生――水島隼翔は、まだ小柄な中学三年生だという。姉と同じ高校に編入してくるらしいが、町に来て間もないため、クラスの誰も顔を覚えていない。
あかねは、彼の存在をすぐに感じ取った。――かすかな輪郭、だけど、周囲の生徒たちはそれを認識していない。
放課後、体育館の裏で、隼翔がひとりベンチに座っているのを見つけた。
「あなた……転校生の隼翔くんだよね?」あかねが声をかけると、彼は小さくうなずいた。
「……あの、僕の弟、消えちゃったんです」
隼翔の言葉に、あかねの胸がぎゅっと締め付けられる。
「弟……?」
「はい。町に来た日から、誰も弟のことを覚えていなくて……写真も、名前も、全部消えたみたいで」
あかねは迷わず手帳を取り出す。
【水島弟 隼翔の弟 名前は陸 笑顔が元気 妹思い】
書き込むと、かすかに風が教室を揺らし、消えかけた弟の輪郭が、あかねの中で少しずつ戻ってくる。
「見える……!」隼翔の目が少し潤んだ。
「僕、陸に会いたかった……」
あかねは手帳をそっと閉じ、二人に微笑む。
「私が覚えてる。だから、陸くんも、ちゃんとここにいる」
その瞬間、体育館の隅に、小さな影が現れた。光に揺れる髪と、にっこり笑う顔。隼翔の弟、陸だ。
「……あかねさん」隼翔は驚きと感謝の入り混じった声で言った。
あかねはそっと手を差し伸べる。
「怖くなかった? ちゃんと覚えてるよ」
陸はあかねの手を握り返し、二人の間に小さな温もりが流れる。
忘れられたものが、再びこの世界に戻る――あかねの“奇跡”は、今日も静かに、でも確かに町の片隅で起こったのだった。
夜、海沿いの帰り道、あかねはふと空を見上げる。灰色の雲の隙間から月の光が差し込む。
――この町に流れる“忘れの季節”。誰かを忘れるのは、ただの偶然じゃない。何かが、意図的に人々の記憶を変えているのかもしれない。
あかねは手帳を胸に抱きしめる。
次は誰が、消えかけているのだろうか――。
そして、あかねの物語は、少しずつ大きな謎へと近づき始める。
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