16.乙女の居場所
「陛下!魔女レシステンシアを連れた騎士団は国境を越えたようです。これ以上の追跡は……」
伝令に走ってきた騎士が告げると、スタセリタ王サリオスは大きく舌打ちした。
「魔女め……逃げおおせたか……」
玉座の肘掛をギリギリと爪を立てて掻き毟る。
「女神はなぜ我がスタセリタではなくセリエンホルデにのみ恩寵を与える!?何が救国の乙女だ、我が国には何もお与えにならんのか!?」
控えていた司祭は王の剣幕に冷や汗をかいていた。
「女神は決してそのような事はなさいません。陛下の信仰心があれば必ず恩寵が与えられましょう……」
しかし司祭はさらに長く沈黙し汗をかく。
「なんだ、何を言い淀んでいる?はっきり申せ!」
司祭は意を決してその言葉を述べた。
「あの救国の乙女は本物です!それを火刑に処そうとした我々は……女神の怒りを買うやもと……!」
そこまで聞いてサリオス王は立ち上がり叫んだ。
「何を言う!!あれは魔女だ!!必ずやもう一度捕らえる!……そして今度は火刑では済まさぬ……地獄の苦しみを味あわせてから、殺す」
その眼光で司祭は射殺されたように立ち尽くすのだった。
セリエンホルデに火刑から生還してきてからというもの、レシステンシアはいよいよ奇跡の人として、救国の乙女として崇められるようになっていた。
しかしレシステンシアは帰りたかった、本当の故郷、ブラダ男爵領へ。
国中が救国の乙女への熱狂に包まれる中、レオンの配慮もあってレシステンシアはブラダ男爵領へと帰郷していた。
軍に入ってから、給金の送金をつづけていたものの、一度も帰らなかった我が家。ああ、父母は、妹は元気にしているだろうか。
「ただいま帰りました、レシステンシアです!」
送り届けてもらった馬車を降りると、父上と母上、それに病弱でなかなか外に出られない妹まで出迎えてくれた。
「ああ!レシステンシア!よく、よく生きて戻ってくれた!」
父上が滂沱の涙をながしながら抱きしめてくれた。
「辛かったでしょう?さあ、中に入って、よく休んで」
母上とも抱きしめ合う。
「お姉様」
妹のオルテンシアは感極まって言葉も出ないようだった。
久しぶりのブラダ男爵邸は生まれ育った館にもかかわらず、何もかも新鮮に感じた。戦場とは程遠い、長閑な景色。私は帰ってきたんだ。
私を歓迎する晩餐会を開いてくれた。以前とは比べ物にならないくらいの食事の豪華さだ。
「お前の送ってくれた給金のおかげで経営は軌道に乗って、もう仕送りも必要ないほどだ。それ以上に救国の乙女としての活躍がものを言ってな、巡礼者が後を絶たないんだ。我が領地が聖地になったよ」
父上は上機嫌で語ってくれた。
「巡礼者のみんなが寄付をして下さるのよ、オルテンシアの薬もいつも買えるようになって、だいぶ良くなったわ」
母上が言った
「お姉様、戦場でたくさん怖い目にあったのでしょう?もうずっとここにいて下さる?」
オルテンシアが問いかける。私はええ、そうするわと即答したかったが、まだセリエンホルデとスタセリタとの微妙な関係は続いている。
また私の力が必要な時が来るかもしれない。
「……しばらくはここに居るわ。でもずっとでは無いかもしれないの。私は救国の乙女。またこの国のために働く時が来るかもしれない……」
私の言葉に父上も母上も涙していた。
私には試したいことがあった。それはこの治癒の力がオルテンシアの病弱さにも効くのかどうかということだった。
夜、オルテンシアの部屋を訪ねると、オルテンシアはもう眠るところだった。
「オルテンシア、少しいい?」
ベッドに横たわるオルテンシアの手を握り、膝を床に付いた。
「お姉様?」
「ちょっと試したいことがあるの。オルテンシア、目を瞑って、一緒に祈って?」
「は、はい」
オルテンシアは慌てて目を瞑った。
「女神様、どうかこの者を癒してください……」
すると、私とオルテンシアは光に包まれ、暖かな力が満ちていく様だった。
「オルテンシア、どう?」
「身体がとっても軽いです!お姉様!」
どうやら成功したようだ。
その代わりか私の体は少し重くなった様だった。いまはあの旗もない。多少の代償は必要なようだった。
オルテンシアは眠気も吹き飛んでしまったらしい。走ってお父様お母様に病の癒えたことを報告しに行ったようだ。
私はというとどうしようもなく眠くなって目蓋が落ちそうだった。何とか自室にたどり着いて、ベッドに沈みこんだ。
寝ぼけた頭で考える。オルテンシアの病も治って、領地は聖地として栄えている。お父様にもお母様にも、オルテンシアにももう私は必要ない。
私の居場所はここではない?
私の居場所はやはり戦場にあるのだ。
しばらく家族と過したなら、また軍に戻ろう。
女神様、それでいいんですよね?
問いかけても当然答えはなく、私は意識を手放し眠りに落ちた。
大変お待たせしております。
ここから第2章、始まります。
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