286話 国の名前を日本に?
作戦会議の出席者は、俺を含め、百道三太夫、服部保長、藤林正保、工藤祐長、工藤昌祐、藤林保正、九鬼定隆、そしてクアウテモック2世とミスティトル。
通訳は、ルーシーがイスパニア語で担当している。
「今後の方針だが――メキシコシティの総督は死に、正規兵はすでにほぼ壊滅状態にある。総督の死骸は、生き残った敵兵にきちんと確認させている。このままメキシコシティを落とすのも簡単なことだろう」
俺はゆっくりとクアウテモック2世に目を向ける。
「クアウテモック2世――メキシコシティの名を、かつての“テノチティトラン”に戻す時が来たな。おめでとう!」
「メキシコシティのイスパニア兵を壊滅させることができたのは日本のお陰です。豊穣神様のお陰です。我らアステカ人は感謝しきれません!」
「ところでクアウテモック2世、これから、どうやってアステカ帝国を再建するつもりだ? 王族も、ほとんど殺されているのだろ? 再建に関しての助言をしてくれる者がいないのは辛いところだな」
「それと、再建を始めれば、これまで逃れていた者や、奴隷として囚われていたアステカの民たちが、次々と帰ってくるだろう。味方だけでなく、敵も混ざっているだろう。そういった者たちをまとめ、国を治めるには政治力が求められるぞ」
「加えて、イスパニアに協力してアステカ帝国を滅亡に追い込んだ、裏切り国家とどう付き合っていくかだな。これは外交力が求められるな」
「大執政官様、そういわれても、我らは奴隷にされていましたから、そういった経験も知恵もありません」
「それもそうだな、体制が固まるまでは、信用できぬ者を傍に置けば、暗殺の危険すらある。つまり、前途多難ということだな」
「わかっております。はっきりいってできる気がしません」
「それと……“アステカ帝国の再建”なのですが、アステカ帝国は文化、信仰、生活、すべてを徹底的に破壊されているのです。これを、かつての姿に戻すことは不可能です」
「だから私は、ただ元に戻すのではなく――まったく新しい国を築きたいのです」
クアウテモック2世は言葉を継いだ。
「藤林保正様、ルーシー様と食事をともにする中で、日本の民の暮らしについてお話を伺いました」
「民が穏やかに、幸せに暮らしている姿に、強い憧れを抱きました。そしてその繁栄を築いたのが、“神童”と呼ばれる大執政官様だと知り、深い敬意を覚えたのです」
「ミスティトルとも語り合いました。私は――日本のような国を目指したいのです。そして、この地に生きる民が信じるべきものとして、私たちは“豊穣神様”を新たに信仰の柱とすることにいたしました」
(なんだって……!? 本当にそれでいいのか……?)
(世界が変な方向に進んでしまわないのか……?)
(豊穣神を信仰する宗教国家が世界を統一するとか! それでいいのか……?)
「大執政官様……お願いです。この国の王になっていただけませんか? どうか、この地を豊かにし、民を導いてください」
(俺に、丸投げするのは……どうかと思うぞ……!)
「待て、私は“日本”という国を治めている立場にある。ここで王になるわけにはいかないぞ!」
「でしたら、この国の名前を“日本”に変えます。それなら、問題ありませんよね?」
「いやいや、それではアステカの民が怒るだろう! 名前まで変えたら、暴動が起こるぞ!」
「……大執政官様。ご安心ください。怒るも何も、アステカという国名も、その制度も、すでに存在していないのです」
「すべて、イスパニアの侵略によって打ち壊されてしまっているのです。だからこそ、民は新しい国を、未来を望んでいるのです。彼らは“日本”になることを歓迎してくれるでしょう」
周りを見ると、皆が頷いている。
「ちょっと待て……そんなことを簡単には決められない。時間をくれ」
豊穣神様の声がしてくる。
『何を迷っておる! アステカの民を早く救うのよ』
(神様! ずっと俺を見ているのか……? 俺のプライバシーは……?)
『そう言われましても……私はルーシーの通訳を介して、やっとアステカの民とイスパニア語で意思疎通をしている状態なのですよ』
『果たして本当に真意が伝わっているのか、それすら確信が持てないのです。そんな状況で、この国を治めるのは無理です』
『ふむ……言葉が通じないのが困りごとなのね……。ならば、あなたにも“念話”の力を与えましょうか? 私と同じようにね』
『豊穣神様……これまでも様々なスキルを授けていただき、本当に感謝しております。しかし、念話まで使えるようになってしまっては、私はもう人として見られなくなってしまいます』
『人として見られなくなっても、いいじゃないの? なにが問題?』
『……私は、あくまで“人間”として生きていきたいのです』
『あなたに与えたスキルは、既に人を十分に超えているわよ……今更、何を言っているのかしら! 念話でなければどうするの? 言葉が通じないと無理なのでしょ?』
『……できれば、転生前の世界にあったような“通訳機”のようなものがあればいいのですが……』
『なら、これを渡しておくわ。このペンダントは、あなたが話す言葉を、聞き手にとって自然な言葉へと自動的に変換し、逆に相手の言葉もそなたが理解できるように変換する。これならいいでしょ? これなら“できる”でしょ? できるわよね!』
『……わかりました。できます! ありがとうございます! ところで、このペンダントは30個ほどいただけませんでしょうか? 数個は東南アジアで活動している仲間たちにも届けたいのです。あちらでも、きっと言葉の壁に困っているはずですので』
『いいわ。持っていきなさい』
気がつくと、俺の膝の上に30個のペンダントが、どっさりと置かれている。
「大執政官様、いかがされました。しばらく上の空の様でしたが」
「豊穣神様から渡されたものがある。このペンダントだ!」
俺は、膝に置かれたペンダンの1つ取り、首から下げる。
「アカプルコは暑いな」
「クアウテモック2世! 私の言葉は、そなたたちのナワトル語で聞こえてきたであろう」
「神にいただいたのですか! 何と……素晴らしい! アステカの神からそのような神器を頂いたなどという話は聞いたことがありません。豊穣神様は本当に素晴らしいです! 素晴らしい! 本当に素晴らしい!」
クアウテモック2世だけでない。会議の参加者全員が感激している。
(この現実を見れば、まあそうなるよな……!)
(でも、これで良かったのかな? ペンダントを渡したのは豊穣神様だからな!)
「日本がこの国を治めることには同意する。だが、その統治の形については、こちらで慎重に検討させてもらう。ただし――どのような形になろうとも、クアウテモック2世には、この国の統治において中心的な役割を担ってもらうつもりだからな!」
「ありがとうございます。豊穣神様のお導きのままに!」
(何か違うのだけどな……!)




