287話 食料体制
「クアウテモック2世には伝えていなかったが、我らは、アステカの民を長年苦しめてきた痘瘡という病に罹らなくなる薬を持っている」
「我々が痘瘡に一人も罹っていないのを、不思議に思っていたであろう? この会議が終わったら、“クアウテモック2世の願いにより、日本から痘瘡に罹らぬ薬を頂いた”と民に伝えてほしい」
「そうすれば、クアウテモック2世への忠誠心は、より一層高まるだろう」
「我らの命を奪ってきた、あの悪魔のような病に! あれほど苦しめられた痘瘡に! 罹らなくなるというのですか? そもそも我がアステカがイスパニアに屈したのも、この病のせいでもあるのです!」
「豊穣神様は、そのような神薬まで与えて下さるのですね。我らアステカ人が信じていた神はいったい何だったのでしょう! 本当に何だったのでしょう! 豊穣神様、最高! 本当に……最高だ!」
クアウテモック2世が感極まって大興奮している。いや……ちょっと興奮しすぎでは?
「豊穣神様の像はありませんか?」
「あるぞ。持って行くか?」
「もちろんですとも!」
「明日から、メキシコシティへ向かう兵から順に、薬の投与を始めるぞ!」
「ありがとうございます。私を含め、すでに多くのアステカの民が豊穣神様を信仰しています。しかし、今の話を聞けば、残る者たちも皆、豊穣神様を信じるようになるでしょう」
会議に出席している面々が一斉に、うん、うんと頷いている。
(こういう展開になったのは、豊穣神様のせいだからね! 俺は知らないからな)
「話がそれたが、ここからの話は重要だ。クアウテモック2世、そしてミスティトル、君たちに確認しておきたいことがある。それは――食料の問題だ」
「メキシコシティを奪還すれば、これまで逃げ隠れていたアステカの民たちが次々と戻ってくることになる。だが、そうなれば一気に食糧不足に陥る危険があるのではないか?」
「現在、メキシコシティにはどれほどの食料が残っているのだ? それから、湖を埋め立てて作ったチナンパ農園で、どのくらいの人口を養えるのだ? 正直、我々には見当がつかない」
「だが、この食料問題に見通しが立たなければ、軽々しくメキシコシティ奪還に踏み切るわけにはいかないぞ」
クアウテモック2世が、すぐさまミスティトルに耳打ちする。
「食料はたっぷりあるはずです。余った食料を売り物としてイスパニアに運び出していたくらいです。それに湖に作った畑は広大です。イスパニアもその畑を潰して家を建てたりしていないと思います」。
「つまり――食料が外に運び出される前にメキシコシティを占領してしまえば、今ある蓄えで今年を乗り切れる。そして来年以降は湖の畑からの収穫で、食料難には陥らない……そういう理解でいいのだな?」
「テノチティトランは豊かな地なのです。元々20万人くらいの民の食料を生産していたのですから」
「では、急いでメキシコシティを攻略することにしよう。アステカ兵はどれくらい集められるか?」
クアウテモック2世がミスティトルと相談している。
「アカプルコの港とその周辺にいる男は、多くが兵に志願してくれるでしょう。ですから1,000人は集まると思います」
「そうすると、既にいる兵500人と合わせて1,500人だな?」
「その通りです」
「1,500人に元兵士はいるか?」
「いません。イスパニアとの戦いで全て亡くなっています」
「分かった。生き残った者たちで頑張るしかないな。散弾銃を追加で500丁渡す。1,000人の中から勇敢な者を厳選してくれ。これで散弾銃部隊は1,000人になるな」
「残る500人には槍を渡す。槍兵500人は攻略には同行してもらうが、実践はしっかり訓練を積んでからだ」
「アカプルコ周辺で、余っている農地はないか? できれば水気の多いところがいいぞ」
「このあたりは、暑く湿気の多い場所だらけです。穀物を作るには適していません。メキシコシティにいけば気候も良くセンティリ(とうもろこし)などの穀物がたくさん作れますけど」
「このあたりの土地で、米という穀物を作る予定なのだ」
「米というのは美味しいのですか?」
「日本では、主食として食べられているぞ。もちろん美味い。不味ければ主食にはなっていない。後で保正に候補地を教えてくれないか」
「分かりました。女たちに候補地を案内させます」
「弾薬や食料を運搬する馬車がいるな」
「大丈夫です。イスパニアの奴らが持ってきた馬車がかなりあります」
「百道三太夫、服部保長、藤林正保の指揮の下、特殊部隊1500人は明日先行して出発してほしい。今回は私もメキシコシティに行きます」
「大丈夫か? おまえが死んだら全て終わりになるぞ」
「メキシコシティは、どうしてもこの目で見ておかないといけない場所なのです」
「アステカの銃兵1,000人と槍兵500人については、痘瘡の予防接種が終わった者から、500人単位でメキシコシティに向かわせてくれ。工藤昌祐は最初の500人、工藤祐長は最後の500人の引率を頼む」
「時間もないし、工藤昌祐と工藤祐長による槍と銃の訓練は、ここでは殆どできないだろう。メキシコシティについてからの訓練になるな」
「特殊部隊210人は30人の班に別れ、アステカ兵500人の移動のための道路周辺の索敵と兵の誘導を頼む」
「特殊部隊40人は、アカプルコからメキシコシティに移動するための地図の作成を頼む。また道路の周辺にイスパニアの農場や施設があれば、地図に印をつけておいてくれ」
「陸兵200人は藤林保正の指揮でアカプルコの防衛を頼む。海の防衛は定隆に一任だ。特殊部隊250人はアカプルコの周辺50kmくらいまでの地図の作成を頼む。同様に周辺にイスパニアの農場や施設があれば、地図に印をつけておいてくれ」
***
翌日早朝――
俺、百道三太夫、服部保長、藤林正保の指揮で、特殊部隊1,500人がメキシコシティに向かって出発する。
港では、アステカ人の銃兵1,000人と槍兵500人が整列している。順番に港の建物の中に入り、看護婦たちに痘瘡の予防接種を受ける。予防接種が終わった兵は、陸兵から銃兵は散弾銃、槍兵は槍が配られる。
アステカ人は、配られた日本の槍の鋭さに感心している。
そんな彼らだが一人前の兵になるには、かなり時間が掛るだろう。
アカプルコでできるのはここまでだな。それよりも、部隊長になれそうな奴を見つけないとダメだ。クアウテモック2世とミスティトルに、部隊長ができる者を見つけてもらうことにした。




