279話 西国との戦を再現せよ
ルーシーが、なんだか嬉しそうにしている。
(……豊穣神様の信者がひとり増えたのが嬉しいのかな?)
(別に俺は、布教のためにここへ来たわけじゃないんだけどな)
そんなことをぼんやり考えていたところへ、オヤジたちが戻ってきた。
「この港の周辺を、特殊部隊の訓練を兼ねてぐるりと一周してきたぞ。これが、その地図だ」
「線を引いている場所に、柵か土手を設ければ、アカプルコ全体を要塞化できるはずだ。……長島でやった時の要領でやればいいと思うぞ」
「ありがとうございます。できれば明日の早朝、線を引かれた場所に案内してもらえますか?」
「三蔵、おまえ……足腰は、ちゃんと鍛えてるのか? 我らの走りについてこられるのか?」
「そんな意地悪を言わず、ゆっくりと走ってくだされば、いいではありませんか!」
「……ははっ。まぁ、それもそうだ。明日の早朝、付き合ってやるとしよう」
「保正。工藤昌祐と工藤祐長に戻ってきてもらってくれ。オヤジたちも、このあとの作戦会議に参加してほしい」
俺と、オヤジたち3人――工藤昌祐、工藤祐長、藤林保正、そして九鬼定隆を交えて、作戦会議が始まった。
「今後の方針についてだが……まずはアステカの民に、“アステカ兵”を募集してもらおうと思う。この国を取り戻すのは、あくまで彼ら自身だ。命を懸けるべきは、我々ではなく彼らなのだからな!」
出席者たちは、無言でうなずいた。誰も異を唱える者はいない。
「昌祐。明日になったら、アステカの代表者と話をして、アステカ兵のことを話し合ってほしい。その後は、訓練、訓練、訓練だ。武器は着剣付きの散弾銃を支給する。ただし、取り扱いと武器管理は徹底させてくれ」
「訓練中の事故も困るが、何より、散弾銃がイスパニア兵の手に渡るようなことがあれば最悪だ。くれぐれも慎重に頼むぞ」
「了解しました。食料についてですが、イスパニアがたっぷり備蓄していたものがあります。……さすがに米はありませんが……」
「贅沢は言わん。食えるものがあるだけで上等だ。それに、このあたりにはパパイヤが山ほど自生しているからな」
「アステカの民からもらったあの果物、“パパイヤ”というのですか。いや、あれは甘くて美味かったですぞ」と昌祐がにこやかに言う。
「それと――アカプルコの港についてだが、ここは我々、日本の領地として確保するつもりだ。もともとイスパニアが占拠していた土地だ。アステカの民も、それに異を唱えることはないだろう」
その言葉に、皆の表情が明るくなる。
「日本の領土とする以上、永続的に食料を確保できる体制が必要だ。連れてきた農民たちには、この地で米を作ってもらうつもりでいる」
「なるほど……農民を船に乗せたのは、そのためだったのですね」と祐長が納得したように頷く。
「その通りだ。彼らはみな独身の若者ばかりだ。いずれ、このアカプルコの娘たちと親しくなって――日本とアステカ、両方の血を引く子供たちが生まれていくことになるだろう」
「そんなところまでお考えだったとは……」と保正が思わず感嘆の声を漏らす。
「この地で共に生きていくことを考えれば、互いに理解し合い、支え合える関係を築くのが何より大切だ。そのためには、血と心のつながりが何よりの礎になるはずだ」
「……それと、少し嫌な話になるが――妙な動きを見せる者がいれば、たとえアステカの民であろうと容赦するな。必要とあらば、特殊部隊に命じて密かに始末して構わん。今の状況で、内部に火種を抱え込む余裕はない」
そう告げた後、俺は全員の前に一枚の地図を広げる。
豊穣神様に教えていたことだと前置きして説明を続ける。
「まず、滅亡したアステカ帝国について簡単に説明しておこう。首都は“テノチティトラン”――水上に築かれた都市。場所はここだ」
「テスココという湖に浮かぶ島を拠点に、運河を張り巡らせ、島の周囲を埋め立てて造られていた。およそ20万人が暮らしていたとされており、人口でいえば京の都と並ぶ規模だ」
「そして、このアカプルコとテノチティトランとの距離だが、例えるなら京と尾張を一往復するほどに相当する」
「さらに、かつてアステカ帝国が支配していた領域には、およそ1,000万人の民が暮らしていたらしい」
「……そんなに大きな国だったのですか?」と昌祐が目を見開く。
「大きな国だ。武器の開発は進んでいなかったが、その他の技術は進んでいたようだ。テノチティトランのような水上都市を作り上げるぐらいだからな」
「水上都市には、湖に作った畑も数多くあるのだ。そこでは、野菜やアステカの言葉であるナワトル語では、センティリ(とうもろこし)という主食が作られている」
「以前私が作ったことのあるパンを覚えていると思うが、センティリから、そのパンを薄くしたようなトラハ(トルティーヤ)というものを作る。それに香辛料と野菜を挟んで食べるのだ」
「なるほど。我らにとっての“米”が、彼らにとってのセンティリというわけですね。……食べてみたいですね」と保正が興味深そうに言う。
「トラハなら、私も作れるぞ」
「ただ、残念ながら――テノチティトランの畑では、米は育たない。あの地の気候は、米作りには向いていないんだ」
「それでアカプルコで米作りというわけなのですね」と祐長が納得するように頷いた。
「ああ、そういうことだ。トラハもいいが……やっぱり、米も食べたいだろ?」
「話を戻す。“首都テノチティトラン”は、かつて陸地と三本の道で繋がれていた。すべて運河によって整備された水上の道だ。そして今、そのテノチティトランは――新イスパニア領の“首都メキシコシティ”と呼ばれている」
「現在は、メキシコシティの拡張のために、湖を埋め立てる工事が進められているようだ。だが、それでもあの都市の地形は依然として厄介だ。どうだ? こんな水上都市に正面から攻め込もうとしても、そう簡単には落とせそうにないだろう?」
「……よくそんな場所を、イスパニアが攻め落とせましたね」と昌祐が驚きを込めて口を開く。
「その話は、いずれ詳しく語る。今は先を進めよう」
「我々が、そんな難攻不落の地をわざわざ攻めに行く必要はない。ならばどうするか?」
「まず、アカプルコを要塞化する。我らが守りやすいようにな」
「そして――我々が攻めるのではない。敵に“攻め込ませる”のだ。我々が有利な状況を作り出し、そこに敵を誘い込む。可能であれば、新イスパニア領にいるイスパニア兵すべてを、ここアカプルコに引き寄せたいくらいだな」
「ひとつ注意がある。アカプルコに集まった敵兵を、全員始末してしまわないようにしてくれ。西国との戦の時のようにな――」
「“日本軍は恐ろしい”、“日本軍はとてつもなく強い”――そういう恐怖を生き延びた兵に持ち帰らせたい」
「日本は怖い、アステカ兵も怖い……“このまま新イスパニア領にいたら、いずれ殺される。早くイスパニアに帰らねば”――そう思わせることができれば、我々の勝ちだ」




