277話 アステカの民を導く者
「そうか……。では代わりに、アステカの民をまとめられる者はいないか?」
「導く者がいなければ、戦の最中――いや、特にイスパニアをこの地から追い払った後、民の心は乱れ、最悪は内乱に発展しかねない。そうなれば、せっかくの勝利が意味をなさなくなってしまうだろう」
「まったくおっしゃる通りです。ところで、アステカの民はケツァルコアトルという神を信仰しております。知恵と文化をもたらす慈悲深き神として崇められているのです」
「我らは港で、イスパニアのガレオン船が沈んでいく光景をこの目で見ました。その時――日本の皆さまこそ、まさにケツァルコアトルの化身のように思えたのです」
「いや、待て。それは違う。我々はただの人間だ。日本という国から来た、ごく普通の人間にすぎないぞ」
「いいえ、そうは思えません……どうか、我らアステカの民をお導きください」
(冗談じゃないぞ……そこまでどっぷりとこの国に留まる気はない! そんなことをしていたら、2年間で日本に帰れなくなるだろ……)
「気持ちは分かった。だが、それは簡単に答えられる話じゃない。今、優先すべきは目の前の現実だ。この港のガレオン船も、イスパニア兵も片付けた。ならば――間違いなくイスパニア軍が報復に来るだろう」
「まずは、この港の防備を固めることが先決だ」
「それに、街の中に敵が潜んでいては存分に戦えない。こちらから特殊部隊――200人の精鋭を出す。彼らと協力して、街の中、周辺の農園や施設まで調べてくれ。イスパニア人が残っているようなら、全員始末してもらいたい」
「さらに、彼らが残した食料を一ヶ所に集めてくれ。正確な量も確認しておいてほしい」
「承知しました。すぐに着手いたします」
「それと……誰か、黒鍬建設の代表を呼んでくれ」
「はい、ただちに!」
まもなく、黒鍬建設の代表が船室へと姿を現す。
「大執政官様、ご用命は?」
「この港に、蝦夷丸が常時接岸できるような、頑丈な桟橋を造ってほしい。必要な木材については、ミスティトルに聞いてくれ。言葉のやり取りが必要なら、ルーシーに通訳を頼め」
「了解しました、早速準備に取りかかります」
「では、ミスティトルは街に戻れ。保正、特殊部隊の手配を頼む。」
「畏まりました」
「……さて、俺は部屋に戻って作戦を練る。しばらくは休む間もないな……」
そう呟いて自室に戻り、天井を見つめながら思考を巡らせる。
(これから……どう動くべきか……?)
(この国に転生者がいれば、その人にお任せして、日本に帰れるんじゃないかな……!)
(聞いてみるかな……)
『豊穣神様、この国には転生者はいないでしょうか?』
『いないわよ……だけど皇帝クアウテモックの血を引く者ならいるわね』
『え……どこにいるのか教えて下さい!』
『でも……その者は、クアウテモックの血縁だという証拠など持っていないわよ』
『代々の皇帝が引き継ぐ、象徴的な物はないのでしょうか?』
『ケツァールという鳥の羽根で作られた冠があるわね。その冠が皇帝の地位を象徴するはずよ』
『子孫のいる場所を教えて下さい!』
『教えるも何も、さっき来ていた者たちの中にいたわよ。名前はチュィルトリ。クアウテモックの兄弟の子供になるわね』
『ケツァールを、“至高の匠スキル”で作れますか?』
『そんなの簡単よ!』
連絡要員として、デッキで待機している特殊部隊の隊員を急いで呼ぶ。
“先程、船にやって来たアステカの民のなかに、チュィルトリという若者がいる。特殊部隊の手配が終わりしだい、チュィルトリを私のところに連れて来てほしい”と、書いた保正宛のメモを隊員に渡す。
***
1時間が経過――
特殊部隊隊員が連絡にきた。
「保正殿が、チュィルトリを連れて戻って来られました」
「ご苦労、“ルーシーに声をかけ、チュィルトリと3人で会議室に来てほしい”と保正に伝えてくれ」
「はっ、承知いたしました」
俺は会議室に移動した。
しばらくして、保正が会議室にやってきた。
「大執政官様! 保正です。入ります」
「入ってくれ」
保正たち3人が、部屋へと入ってきた。
その中のひとり、チュィルトリをじっと見つめる。
クアウテモックの血を引く者――そう聞くと、どこか顔立ちがそれらしく見えてくるのだから不思議なものだ。
(……だが、“何となくそう見える”というのは、実はとても重要なことだ)
(血縁の証拠なんかより、民が彼を見てそう思ってくれるかどうかが大事なのだ!)
「ルーシー、通訳を頼む」
「はい」
「チュィルトリ。お前には――何か隠していることがあるな? この国を救いたいと思うなら、今ここで正直に話せ!」
チュィルトリはうつむいたまま、短く息をつく。
「申し訳ありません。私は皇帝クアウテモックの弟、トラウィクスカトルの子です。自身の覚悟が定まっておらず。言い出せませんでした」




