276話 アステカの民との対話
「まず最初に、特殊部隊が上陸せよ。次が陸兵だ。特殊部隊は港にいるイスパニア兵を掃討せよ」
「陸兵が上陸したら、工藤昌祐と工藤祐長、藤林保正とルーシーも上陸せよ。ルーシーの護衛は特に厳重にするんだぞ!」
「ルーシーと保正は、奴隷にされたアステカの民の代表者を探せ! 奴隷にされたアステカの民の中には、イスパニアの言葉がわかる者がいるはずだ。代表者らしき者たちが見つかったら船に連れてこい。話がしたい」
蝦夷丸から、どんどん特殊部隊や陸兵たちが上陸して行く。
(あれ! オヤジたちも上陸しているじゃないか!)
特殊部隊の本体をほっといて、十数名の部下を連れて、街の外に走り出して行ったけど……地理も言葉も分からないのにどうするつもりだ!
(迷子忍者隊なんて、洒落にならんぞ……!)
特殊部隊の面々は、ルーシーから簡単なイスパニア語を学んでいるものの、正直あんな片言で通じるのか不安しかない。
(でも……忍者だしな……なんとかしてしまうような気もする?)
(忍者にできぬことなどない……か? よし、信じよう。偵察お願いします!)
港で隊列を組む陸兵たちのもとへ、アステカの民の代表者らしき数名が、ゆっくりと歩み寄ってきた。
それを見たルーシーが、たまらず前へと飛び出し、彼らに声をかけ始める。
(おいこら! 保正! 何やってんだ! 止めろ! あぶない!)
慌てて兵と保正が前に出て、ルーシーとアステカの民との間に割って入る。
万が一にも、ルーシーに何かあったら、あとで妻たちに合わせる顔がない。
……だが、ルーシーは気にする様子もなく、落ち着いた声で話を続けている。どうやら、片言ながらも意思疎通ができているようだ。
やがて、アステカの代表者たちが小型船に乗り、蝦夷丸へと向かって来た。
保正とルーシーが彼らを伴って、甲板へと戻ってくる。
「ルーシー! 無茶はするな。保正、お前も危ない真似はさせるな」
「申し訳ありません。少し……気持ちが逸って焦ってしまいまして」と2人は深々と頭を下げた。
「デッキに机と椅子を用意してくれ。船の中ではアステカの代表も不安だろう。それと、お茶と菓子も頼む。丁重にもてなしてくれ」
テーブルが用意され、アステカの民の代表者たち数名が静かに椅子に腰を下ろした。
出された菓子に、彼らは戸惑いながらも手を伸ばし、無言で口に運ぶ。
食べ方はどこか急いていて、切実さが滲んでいる。
(……ろくに食事も与えられていなかったのだろうか?)
今はまず、腹を満たし、気持ちを落ち着かせてもらう方が先かもな。
こちらから下手に話しかけるのは控えておこう。
やがて腹が満たされたのか……
態度や表情に、先ほどまでの強い警戒心が薄れてきている。
(ようやく、話せる空気になったか……)
「我々は、海の向こうの日本という国からやって来た。目的は、この大陸からイスパニアを追い出すこと。そして、アステカの民を奴隷から解放するお手伝いをすることだ。……ルーシー、通訳を頼む」
ルーシーが、俺の言葉を一語一語、丁寧にイスパニア語へと訳していく。
通訳が終わると、代表者たちは一瞬、何かを測るように顔を見合わせた。
(……疑っている……? 怖がってる? あれ……?)
やがてその視線が、俺の方にゆっくりと戻ってくる。
年長の代表者が小さく息を呑み、目を潤ませた。
やがて口を開くと、震える声でイスパニア語の感謝の言葉を繰り返し始める。
「Nimitztlazohcamati nicchīhua. (助けてくれたことに、とても感謝します)」
「Le agradezco mucho por ayudarme. (助けてくれたことに、とても感謝します)」
「最初の言葉はアステカの言葉だと思いますが、続くイスパニアの言葉は『とても感謝している』と言っています」
その言葉に続くように、他の代表者たちの目にも涙が浮かび、声にならない嗚咽が静かにこぼれた。
初めは疑念に満ちていた目が、今は確かな希望と期待の光を映している。
(期待に満ちた目になってるみたいだけど、100%頼られても困るからね……!)
「ただし! この国は――アステカ人の国だということを忘れないでほしい。国を取り戻す戦は、あなたたち自身が成すべきものだ。」
代表者たちの表情が暗くなる。
「もちろん、今のあなたたちには、その力がないことも分かっている。だからこそ、まず我々が戦う。イスパニア軍を撃破し、流れをつくる」
「流れを作った後は、我々に頼りきりになるのではなく、あなたたち自身の手で戦ってほしい。武器は援助する。安心してくれ」
静かに頷いたひとりのアステカ人が立ち上がる。
「私の名はミスティトル。お言葉、まったくもってその通りです。これは、我らアステカの民が立ち上がるべき戦」
「我らが命を懸けて当然のこと。そこへ、あなた方が手を差し伸べてくださるだけでも、深く感謝しております」
言葉に、決意の色がにじんでいる。
「ところで……皇帝クアウテモックの血を引く子孫は、まだ生きてはいないだろうか?」
質問に、ミスティトルは険しい顔をした。
「イスパニア人も、長い間その血筋を探し回っておりましたが、ついぞ見つけられなかったようです。我らがその所在を知っているなら、とっくに捕まっていたはず。おそらく、すでに……」




