183話 忍者速達便
天文17年(1548年秋)――17歳
「安土までは、しばらく走ることになります。途中で馬を手配いたしますが、それまでお走りいただけますか?」
「案ずるな。日々鍛錬は怠っておらぬ。軟弱な大名と一緒にしてもらっては困るぞ。だがまあ……こうもあっさりと城を壊されては、笑うしかあるまい。なあ、久秀よ! ハハハ!」
長慶も久秀も、城を破られたうえで「疲れた」だの「もう走れぬ」だのとは、口が裂けても言えない。
(ここで弱音を吐くなど、死んでもできるか!)
意地と誇りを支えに、ただひたすらに走る。走る。
道中で手配した馬に飛び乗り、安土を目指して駆け続けた。
そして、ついに安土城に到着した長慶と久秀。
だが、ここでへたり込んでは武士の名折れ――そんな様子は微塵も見せず、そのまま城内へと足を運ぶ。
案内された部屋に通され、ようやく腰を下ろす。
小姓が差し出した茶を一気にあおると、乾ききった喉に染み渡る。熱すぎず、ほどよい温度の茶がなんと美味いことか。
足音が聞こえる。迷いなく急ぎ足――この歩き方は、間違いなく信長だ。
2人はすぐさま額を畳にすりつけ、主の到着を迎える。
「面をあげよ」
「この度は、命を救っていただきありがとうございました」
「勇ましいだけの家臣たちに、長慶殿と久秀殿を殺させるには惜しいと、玄武王様が指示されたのでござる。さて、三好家は我が北畠家の提示した臣従の条件を、すべて受け入れるということで間違いござらぬな?」
「はい。三好家は、条件のすべてを受け入れ、北畠家に忠誠を誓い、臣従いたします!」
「承知しました。であれば、まずは四国におる三好家の家臣らが動揺せぬよう、文をおしたためくだされ。数日以内に、“忍者速達便”がその書状をお届けいたします」
「久秀殿も、必要とあらば、文をおしたためください。近くであれば、その日のうちに届けさせます」
「その“忍者速達便”とは、いかなる者たちにござるか?」
「文を届けることに特化した、足の早い忍びたちにございます。詳しくは申し上げられませぬが、すでに全国各地に拠点を築いており申す」
「したがって、この国のいずれに住む者に対しても、宛先を指定さえすれば文を届けることが可能にござります」
「また、足の早き忍びどもが連携して運ぶゆえ、驚くほど迅速に文が届きまする。まさに“速達”――その名の通りにございますな」
「玄武王様によれば、戦国の只中においては“忍者速達便”は主として戦に関わる急報や軍令に用いられますが、いずれこの戦乱の世が終わりを迎えれば、大名のみならず、裕福なる商人たちも、やがてこの仕組みを利用するようになるであろうとのこと」
「成る程……それは、なかなかに面白うございますな。商人たちは、いかなる形でそれを活かすのでござろうか?」と、長慶が興味深げに問う。
「たとえば、京と博多の商人が商いを行う際に、大量の銭を運ぶのではなく、“手形”と呼ばれる証文をやり取りすることで、実際の銭の移動を省くことができます。もちろん、京と博多の双方に“手形を換金できる店”を設けておく必要がございますがな」
「ふむ、その店は換金の際に手数料を取ることで利益を得るわけですな。なるほど……面白き発想にございますな」
「この話を続ければ切りがありませぬので、今はこの辺りで終わりといたしましょう。いずれにせよ、この国から戦が消え去ったのちも、“忍者速達便の忍び”たちは、その技をもって銭を稼ぎ、生きてゆけるのでございます」
「なんと……まこと、あらゆる面において、三好家は遠く及びませぬな。学ばねばならぬことばかりにござりますな」
「ところで、芥川山城の件ですが……どうしますか? 対応できぬようであれば、明日にでも城ごと破壊してしまいますが」
「お待ち下さい。芥川山城の連中は、飯盛山城が瞬く間に陥ちた有様を、その目で見ておりまする。拙者の花押が入った文をもってすれば、従うはずにござる。説得には、久秀を遣わしましょう」
「はっ、承知つかまつった。拙者の部下へは、文にて連絡を入れさせていただきまする」
「では、文の準備は小姓の木下秀長にさせましょう。気が利く小姓です。何でもお申し付けください。今日のところはこれにて失礼する」
***
三好長慶が臣従した翌日、畿内の大名の臣従結果を踏まえつつ、次に打つべき戦略を4人で相談する。
勘助が腕を組みながら、静かに口を開いた。
「浅井家、朝倉家、六角家、それに一向宗や比叡山の一件にて、畿内の大名らは心を折られたか――それとも、冷静に情勢を見極め、勝ち目なしと悟ったか……。」
「いずれにせよ、突きつけた条件を受け入れ、次々と臣従を申し出てまいりました。
もう少しばかりは、抵抗してくるかと存じておりましたがな……」
「臣従を受け入れた要因は両方だと思うぞ。勘助、次の一手はどうする?」
「四国への臣従勧告がよろしいかと」




