180話 畿内の大名への通達
天文17年(1548年夏)――17歳
「……まだまだ語りたいことは山ほどあるが、今日はここまでにしておこう。あとはそれぞれ、今日の話を踏まえて今後の戦略を考えてもらいたい」
そう締めくくると、俺は話題を切り替えた。
「ところで――我が国を取り巻く状況を理解した上で、西国の大名たちにどう対処すべきだと思う?」
問いかけに対して、勘助と幸隆は思案顔になる。
2人の視線が自然と信長へと向けられるのを感じた。
将軍となり、すでに13ヶ国を従えた男。かつての信長とは明らかに立場も視野も変わっている。
権力というものは人を変える。それが良い方に出るか、悪い方に出るか……俺自身にも、無関係な話ではない。
そんな空気の中、信長が静かに、だが確かな決意を込めて口を開いた。
「この国を、蝦夷国として早急に一つにまとめ上げるべきです」
一瞬、部屋の空気が変わる。
「これまでのように、何も知らぬ、何も出来ぬ、朝廷に伺いを立て、決裁を仰ぐようなやり方では、とても間に合いません。ヨーロッパの強国と渡り合うどころか、気づけば呑み込まれているでしょう」
「我が国の統治を、蝦夷国という一つの枠組みに統一し、軍事・外交・内政の全てを盤石に整える……それが、未来を守る唯一の道だと私は考えます」
その言葉には、この国を思う覚悟が滲んでいた。
信長の言葉を聞き、俺も、勘助も、幸隆も――心の底から安堵した。
権力を手にしても、信長は何一つ変わってはいなかったのだ。
この国を良くしようとする変わらぬ気持ち。
それが確認できたことは、この国の未来にとって何よりも大きい。
「ここにいる4人――考えは同じということでいいな?」
そう問いかけると、信長、勘助、幸隆が、口を揃えて力強く答えた。
「異存ございません」
「では、先ほど語った我が国を取り巻く世界の話は、今のところ我ら4人の胸の内に留めておいてほしい。余計な不安を煽るつもりもないし……要らぬことを企む者が出てこないとも限らんからな」
皆、真剣な面持ちで頷く。
この国の未来を託せる仲間が、ここにいる――そのことが、何よりも心強かった。
「幸隆。忍者調査隊に西国の大名たちの情報を探らせていたと思うが――残しておいてもよさそうな一族はいるか?」
幸隆はしばし沈黙した後、静かに答えた。
「毛利元就とその息子たち、それと島津貴久とその子らぐらいでござろうか」
「なるほど。毛利家と島津家が、“土地の領有を認めず、役職と働きに応じた報酬を銭で支払う”という条件に素直に従うと思うか?」
勘助が、やや口元を引き締めて口を開いた。
「そもそも初めより、彼らを残すことを前提に考える必要はございますまい。条件を呑まぬようであれば、滅ぼしてしまえばよろしい。それに、たとえ従ったとしても、むやみに手柄を立てさせることはなさぬようにいたすべきにござります」
うん、やはり頼れる我が軍師。判断が早い上に、冷静だ。
こうして、方針が一つずつ明確になっていく。
「では、話を元に戻そう。放っておけば、西国の大名たちは将軍家たる北畠家に、いち早く臣従し、自らの領地の安堵を願い出てくるはずだ。だがこちらとしては、無条件での臣従を認めるつもりはない」
「当然、我らの定めた臣従条件を突きつけることになる。そこで問いたい。果たして、その条件を受け入れて臣従する大名は、どれほどの割合になるだろうか?」
信長がわずかにうなずいて、提案を口にする。
「まずは試してみましょう。北畠家の兵を安土に集結させた後、畿内の大名たちに通達を出します。“土地の領有は認めず、役職と働きに見合った収入を銭で支払う”という臣従条件を提示し、それを呑む者は、14日以内に当主が人質を連れて安土城に参じよ――と」
「その結果を見れば、条件付きの臣従を迫られた場合、西国の大名たちがどう出るか、ある程度予測がつくでしょう」
信長の目が鋭く光る。
「もちろん、期限を守らなかった大名には、ためらうことなく特殊部隊を差し向け、一族郎党ごと粛清させましょう」
***
秋――。
収穫の時期を迎えたこの季節、北畠家の兵五万が安土城に集結した。
すべて常備兵で構成された軍であり、農繁期など関係ない。
一方で、畿内の諸大名の兵は農民が主力だ。この時期に動員をかければ、即座に領地の収穫に支障が出る。つまり、兵を出すことができない。
この状況を見計らい、“忍者速達便”を用いて、畿内一円の諸大名すべてに将軍名義の命を届けた。
内容は明快だ――“土地の領有は認めず、役職と仕事に応じた収入を銭で支払う”という臣従条件に応じよ、さもなくば……というもの。
形式は室町幕府の御内書などではない。美辞麗句を弄する気もなければ、伝統の書式に倣うつもりもない。
こちらの体裁が気に入らぬのなら、無理に従う必要もない。臣従しなくて結構――それが我らの姿勢だ。
だが、予想外のことが起きた。
――畿内の大小すべての大名が、安土城へ人質を連れて現れたのだ。
条件を呑んでも従うしかない――そう“判断”した者が大多数だったようだ。
いや、彼らは考えた上での“判断”ではなかったのかもしれない。
浅井家、朝倉家、六角家、そして一向宗や比叡山――
これらがどうなったかを、彼らは知っている。従わなければどうなるか、既に目にしていた。
畿内の大名たちは恐れていた。理屈よりも、ただ“怖かった”のだ。
すべての大名が当主自ら人質を伴っての登城を果たした。
――ただひとり、三好家を除いては。
松永久秀。
彼のみが、堂々と単身で姿を現した。
人質など不要――そう言わんばかりに。
大広間では、一段高い席に信長が座り、その手前には北畠家の家臣団が、信長を護衛するかのように、集まった大名たちを睨みつけて座っている。
「皆の者、よく集まってくれた。ここにお集まりの方々は、臣従の条件を受け入れた上でこの場に来たということでよろしいか?」
集まった大名たちは、無言のまま頭を下げている。
信長は、異論が出ないかしばらく待つ。
「であれば、隣の部屋に事務方が控えておる。そちらで詳細な説明をしっかりと聞き、その内容に則って行動してもらいたい。しばらくは、その方たちの行動を監視させていただくことになる。悪く思わないでもらいたい」
人質を連れた大名たちが次々と隣の部屋へ移動していく中、松永久秀だけがその場に座り続けている。
信長は久秀に目を向け、冷ややかに問いかけた。
「さて、三好家は何をしに来られたのかな?」




