179話 奴らはどう攻めてくる?
天文17年(1548年夏)――17歳
ヨーロッパ勢力と共闘できそうな国となると、やはり大国である明だ。しかし残念ながら明は清に滅ぼされてしまう。
そうなると、清を建国するヌルハチとその息子ホンタイジとは、交易などを通じて少しずつ関係を築いておく必要があるのかな。
ヌルハチが生まれる明の北東部、後金という国になる地域、ここは大事な場所だな。今からでも細々と交易をしておく方が良いのかな。ヌルハチが子供の頃から、“日本は良い国、味方の国”というイメージを刷り込んでおきたいものだ。
もっとも現在の明は、海禁政策も行っているから、交易といっても少し工夫がいるだろうな。海禁政策なんて良いことなんて何もないから、さっさと止めればいいのにね。
清国初代皇帝となるヌルハチの誕生は10年後になる。まだ焦る必要はない。だけど大英雄だからね。取り敢えずどんな人なのか会ってみたい気がする。確か不遇な幼少期を過ごすはずだから、仲良くなれるチャンスがあるはずだ。
今のところ、明の北東部地域との交易を進めつつ、気長に後金国になる地域と誼を通じておく程度でいいかな。そのうち誰か担当者を決めないといけないな。全部俺だと忘れてしまいそうだ。やること多過ぎるからな。
それにしても……ヨーロッパの強国と共に戦えるだけの同盟関係を築くには、まず我が国自身の国力を、今の3倍程度まで引き上げておく必要があるだろう。
そのためにも、地道に準備を積み重ねていくことが重要だ。
加えて――後金の建国や清国の成立を後押しするような外交的な布石も、視野に入れておいた方がいいかもしれない。
ヨーロッパの列強と真正面から単独でぶつかるのは、あまりにも危険すぎる。
なにしろ、あいつらはすでに国力を高めてしまっているのだから。
……っと、いけない。つい自分の思考に没頭してしまっていた。
「『ヨーロッパから遠いから、すぐに大艦隊で押し寄せてくることはない』──確かにそう言ったが、奴らは決して手をこまねいてはいない。少しずつ、確実に駒を進めてくるはずだ。たとえば、フィリピン辺りに本格的な造船所を建てるかもしれない」
「それに、やつらは軍艦を並べて攻めてくるような単純な連中じゃない」
「むしろ侵略の前段階として、我が国の民をじわじわとキリスト教に改宗させていく可能性がある。時間をかけてでも、宗主国であるヨーロッパに忠誠を誓う兵士を、この国の中から作り上げようとするだろう」
3人の顔が引き締まる。
その表情から、国が置かれている危機の輪郭が、彼らの中でよりはっきりと形を成してきたのがわかる。
この国に迫る脅威は、もはや遠い未来の話ではないのだ。
「この国を一刻も早くまとめねばなりませんね。そして次は──地球儀でいうこの辺りの島々を押さえつつ、明とも共闘する必要があります」と勘助が真剣な面持ちで言う。
……いや、明はそのうち滅びるけどな。
まあ、今は黙っておこう。そういう“未来の話”をいちいち言っていたらキリがない。
「その通りだ。じゃあ、この辺りでもう少し踏み込んだ話をしようか」
俺は手元の地球儀を軽く回しながら、視線を3人に向ける。
「ポルトガルやイスパニアが、もし我が国を本格的に攻めてくるとしたら……奴らは、どんな手段を使ってくると思う?」
「やつらが仕掛けてくる手段として……例えば痘瘡などの、死に至る病を持ち込むという策が考えられます」と勘助が口を開いた。
「例えば、その病に罹った者の着衣や寝具を、交易品に紛れ込ませて我が国へと流し込む……さすれば、触れた者を介して病が広がり、やがては数十万の民が死に至るやもしれませぬ。混乱に乗じて、奴らは一気呵成に攻め入って参りましょう」
場に沈黙が落ちる。
勘助はさらに続けた。
「攻め入る際には、接触を要せぬ鉄砲や大筒を主たる兵と致せば、病に罹ることなく、一方的に我らを討ち倒すことが叶いましょう」
「要地を押さえ、名のある者らを討ち取れば、この国など、たちまちのうちに征服されてしまうに相違ありませぬ」
その言葉に、幸隆が表情を曇らせながら言う。
「まさか……アメリカ大陸とやらにおいても、そのような策が用いられたのではありませぬか?」
「……可能性はあるな」と俺は重く頷く。
「されど、そのような戦――あってはならぬものでござろう! そのようなやり方が広まれば、世界中が死人で溢れることになりましょうぞ!」
幸隆の声に怒りが滲む。
「人間がそれに気づいて賢くなるには、まだ時間がかかるのかもしれんな……だが、もし我が国がそうされたら、どうする?」
幸隆は言葉に詰まり、やがて苦しげに絞り出した。
「……やり返すほか、道はございますまい。しかしながら、それは地獄への入口にございますぞ……」
「そうだな。かつての攻城戦においてそういう例はあるようだ。我らは、そうならないことを祈るしかないな。他にはないか?」
「イエズス会の宣教師を送り込み、我が国の民を次々とキリスト教に改宗させる……そんな手もあるでしょう」と信長が静かに口を開く。
「信者が10万もいれば、それだけで強大な一揆を起こせる力になります。その騒乱に合わせて侵攻すれば、内と外の挟み撃ち。まさに理想的な攻め手です」
「……病による侵入より、そちらの方が現実味があるかもしれんな」と俺は呟く。
「そのためには、我が国の言葉を理解できる者が必要になるが……すでに海外には、我が国から奴隷として売られた者たちがいるはずだ。そうした者をキリスト教に染め直し、宣教師の通訳として連れ帰ればいいでしょう」
言葉を区切り、さらに続ける。
「いや、それよりもっと危険なのは……大名たちを改宗させることかもしれない」
信長が目を細める。
「……確かに。武器や鉱山の技術、造船技術に銭や食糧……欲にまみれたあの者たちなら、それだけでコロリと改宗するかもしれません」
「大名が改宗すれば、その配下の家臣も、領民も……領国ごと乗っ取られたも同然となる」と俺が言うと、
「それは……一揆よりも遥かに厄介ですな」と信長が低く答えた。




