178話 我が国の喉元には刀が
天文17年(1548年夏)――17歳
「イスパニアは、すでに東南アジアにも姿を現している。27年前、アメリカ大陸のさらに南──このあたりを経由して、4隻のイスパニア艦隊がやって来たのだ。艦隊を率いていたのは、マゼランという指揮官。彼はこのセブという島に上陸した」
「そしていつものように、セブ王や周辺の島々の王たちをイスラム教からキリスト教に改宗させようと動いた。だがセブでは違った。改宗に反発した王によって、マゼランは討ち取られてしまう。恐らく──相手を蛮族と侮ったのだろう」
「生き残った船員たちは、ポルトガルが見つけた航路を使い、インドからアフリカ南端を経由して、本国イスパニアへ帰還した。結果、船で世界を一周できるという事実が、ヨーロッパに広まってしまった」
「知ってもらいたくなかったことが、次々と知られていく。ヨーロッパにとっては大発見だが、東南アジアにとっては、まさに迷惑千万な出来事といえる」
「その後、イスパニアは再び動く。6年前、再び4隻の艦隊を編成し、かつての航路をなぞるようにこの地にやって来た。そしてこの地図に記されたルソン島、サマール島、レイテ島、ミンダナオ島といった島々の存在を確認する」
「しかも、彼らは“自分たちが発見した島々は、イスパニアが領有して良い”というポルトガルとの協定を盾に、これらの島をすべて自国領だと一方的に宣言したのだ」
「そして、これらの島々を“フィリピン諸島”と名付けた。名の由来は、当時のイスパニア国王フェリペ2世。つまり“フィリピン諸島”とは“フェリペ王の島々”という名前で呼ばれることになる」
「イスパニアはこのフィリピン諸島を、東南アジア貿易の拠点にしようと目論んでいる。安全な航路を探りながら、そう遠くない未来に大艦隊を率い、島々を次々と征服していくことになるだろう」
「ついでに言っておくと──今から200年以上も前のことだ。“東方見聞録”という旅行記がヨーロッパに伝わったそうだ。その書物には“黄金の国ジパング”の存在が記されているらしい。……ジパングとは、我が国のことだよ」
「金や銀が豊富な国──そう書かれてしまった時点で、我が国はヨーロッパ諸国にとって“夢の国”になってしまった。夢の国とは、“占領して金持ちになりたい国”という意味だ」
「まったく……余計なことをしてくれたものだ。その記録のせいで、ヨーロッパは我が国の金銀を狙って、いずれ必ずやって来る」
3人は驚愕の面持ちで耳を傾けていたが、その沈黙を破るように、信長が怒気を含んだ声で言い放つ。
「すでに──我が国の喉元には、刀を突きつけられているようなものではありませんか!」
「しかもこの国は、いまだに領地争いに明け暮れ、国としてのまとまりも持っていない。もしも今、連中が九州辺りの港に攻め込んできたら、インドと同じく、あっという間に奪われてしまうではないですか!」
「九州の民は奴隷にされ、港は要塞化され、やがてそのまま属領にされる……いや、九州そのものを征服される可能性すらありますぞ!」
「我が国にとって有利な点が1つある! それは、ヨーロッパと我が国が離れていることだ。ヨーロッパ勢力がこちらに大艦隊と大兵力を送るにしても、距離が遠すぎるため、アメリカ大陸のようにはいかないのだ」
「例えば我が国から、船でこのヨーロッパ大陸に向かおうとすれば、まずはこの琉球国、次に台湾島、またはルソン国か、この澳門あたりで、水や食料を補給しながら、このマラッカ海峡を抜け、インドの港を目指すことになる」
「さらに、このアフリカ大陸の複数の港で何度か補給しつつ、この地球儀のヨーロッパ大陸の西端、海軍強国であるポルトガルの港を目指すことになる。キャラック船で、ざっと1年はかかるだろう」
「といっても、時間の問題だがな――侵略される順番が後になるというだけのことだ」
「我が国が、もしもインドやアメリカ大陸の近くにあれば、とっくに征服されていると思う。そして我ら4人は奴隷にされているか、殺されているだろうな」
「そういえば……侵略によって国力を高め、強国となったポルトガルとイスパニアの2国は──なんと、自分たちで世界地図に勝手な線を引いている」
「この線から右側はポルトガルのもの、左側はイスパニアのもの……といった具合にだ。もちろん、その線引きに含まれる国々には一切の断りもない」
「当然、その中には──我が国も含まれている」
「要するに、“見つけた者のもの”という理屈だ。勝手に線を引き、そこに住む人々の意志など無視して、征服して良しとするわけだ」
「やがて、大きな力を持ったヨーロッパの強国たちによって──この世界に存在するほとんどの国々は、次々と飲み込まれていくことになるだろうな……」
「我らはこの国の東側をほぼ掌握しているが……もしポルトガルが西国の大名にこう持ちかけたら、どうなると思う?」
「『我々と交易をしませんか? きっと大儲けできますよ。キリスト教に改宗していただけるなら、鉄砲だけでなく大砲までご提供しましょう」
「その武器で、あなた方の軍は無敵になりますよ。もし代金が足りなければ──そうですね、領民を奴隷として売っていただいても問題ありませんよ』……といった調子の交渉だ」
勘助が苦い顔で即答する。
「……西国の愚かなる大名どもには、国とは何たるかを弁えぬ輩が多うございます。斯様な甘言に飛びつかぬはずがございませぬ」
「まこと、由々しき事態にござります。我らが国の民は、異国へと奴隷として次々に売り飛ばされることとなりましょう……」
(まあ史実でも似たようなものだけどね)
今まで俺が語ってきた内容は、本来この時代の日本人には知りえないことばかりだ。
こんなことまで明かしてしまって良かったのか――正直、少しばかり気にはなる。
だが……この3人には、すべて話してしまった。
そうしなければ、なぜ俺が急いで国をまとめようとするのか、理解してもらえないからだ。特に信長には、事情を知っておいてもらう必要がある。
もともと「この時代の人たちに任せてはいかがでしょうか」と提案したのに、それをバッサリ却下したのは、他ならぬ豊穣神様だ。
だったらもう、俺のやり方でやらせてもらう。
そもそも日本という国は、大航海時代の荒波に乗り遅れないよう、自らの支配圏を確保しておかなければならなかったのだ。
特に石油のような資源を、きちんと押さえておかないと、前世の日本のように――
世界の決めた枠組みの中で、肩をすぼめて生きていく羽目になってしまうだろう。
たぶん、俺の命もそう長くはないだろう。
だが、イレギュラーとして転生してきたこの命があるうちに、未来の日本のために、やれるだけのことはやっておこう。




