174話 オスマン帝国について
天文17年(1548年夏)――17歳
「もう1つ我が国に関係してくる国の話をする。それは、地球儀のこの場所にあるオスマン帝国だ」
「この国は、明との交易でしっかりと稼ぎ、自国にタップリ金や銀を貯め込んでいる。裕福な国には強い兵が集まる。兵制も、騎馬兵から銃兵と大砲兵を主体としたものに切り替えつつある」
「富国強兵ですな。銃兵と大砲兵を主体とした兵制というのも興味深いですな」と勘助が頷いた。
「オスマン帝国は、キリスト教の聖地であるコンスタンチノープルという、この場所にあった要塞都市を陥落させることに成功する」
「その後も、ヨーロッパに向けて自国の版図を広げている最中だ。強国オスマン帝国に対し、キリスト教は連合軍を作って対抗しようとしている」
「オスマン帝国の版図だが、アラビア半島では、ここのメッカとメディナ、アフリカ大陸ではエジプトと云われる大都市を征服している。そしてこの地中海と呼ばれる大きな内海の制海権も握っている」
「いずれ我が国が、かような国々と交わりを持つとなれば――『そなたの国はキリストの教えか、あるいはイスラムの神を崇めるのか?』と問われることにもなりましょうな」と幸隆が静かに言った。
「そうだな、しかし未だに群雄割拠が続いている我が国など、だれも相手にしてくれないだろう。そういう話は、ずっと先になるだろう」
「今まで話してきたことが、我が国とどう関係してくるか、大いに気になるところだろう! その前に、我らが住む地域がヨーロッパの国々から、どう呼ばれているかを説明しておく」
「明国や我が国がある地域は、ヨーロッパから“東アジア”と呼ばれている。ずっと南に下がって、このルソン国、アユタヤ王国、マジャパヒト王国、ブルネイ王国、マラッカ王国……などは“東南アジア”と呼ばれている」
「話を続ける。先ほどオスマン帝国が、アラビア半島のメッカとメディナを征服したと話した。そのオスマン帝国が征服した場所には、ウマイヤ王朝から分裂したマルムーク王朝というのがあったのだ」
「マルムーク王朝からは、天竺や東南アジアに向けて盛んに交易船が出ていたのだ」
「その交易により、天竺で採れる胡椒という香辛料や、東南アジアで採れる香辛料を手に入れていた。交易により手に入れた香辛料は、さらに地中海を交易船で運ばれ、ヨーロッパで販売されていた」
「香辛料のことをヨーロッパではスパイスと呼ぶらしい。スパイスを肉料理に使うと、塩を振って焼くだけのものと比べると肉の旨さが格段に増す。そのためヨーロッパでは、その香辛料が飛ぶように売れている」
「我が国では“四つ足は食うな”なんて言われているが、ヨーロッパでは肉が主食のようなものだ。だからこそ、実に多彩な肉料理が発展している。スパイスが手に入ったら肉料理を作ってみようか? 美味しいぞ」
「その時は、ぜひ我らにもご相伴にあずからせていただきたい」
そう言って、三人が嬉しそうに頷いた。
「話を続ける。人気があるスパイスは、ヨーロッパにおいて当然高値で取引されるようになる。特に胡椒は大人気。天竺で購入した胡椒はヨーロッパでは、数十倍の価格で売れる。マルムーク王朝は、さぞかし儲かったことだろう」
「マルムーク王朝のイスラム商人たちは、この天竺、東南アジア、東アジアも明国まで交易範囲を広げていく。その過程で東南アジアの国々では、イスラム教が広まっている。他の宗教を排除しないというのが、イスラム教が広まった原因かもしれない」
「そこで、マルムーク王朝を滅ぼしたオスマン帝国に戻る。オスマン帝国が地中海の制海権も握ってしまったことで。ヨーロッパの国は、マルムーク王朝の商人から購入していたスパイスが、オスマン帝国の商人経由でないと手に入らなくなる」
「オスマン帝国にとっては、まさに稼ぎどころだ。『売ってやってもいいが、しっかり税は払え』というわけだな。その結果、ただでさえ高価なスパイスの値段が、さらに跳ね上がることになる」
「やがて、ヨーロッパの貴族ですら、高値の胡椒を手に入れられなくなった」
「困った彼らは、オスマン帝国を経由せずに天竺や東南アジアへ至る、新たな海の道を探し始めることになる。王は国の威信をかけて、商人たちは巨万の富を夢見て──皆が血眼になって動き出したのだ」




