173話 キリスト教とイスラム教
天文17年(1548年夏)――17歳
「“絶対的な優位”をどう示していくのか。それを皆で考えていいきたい」
「だがその前に、夢枕で豊穣神様がお話して下さったことを話そうと思う。我が国を取り巻く世界の状況についてだ。必要なことなので、必ず頭に入れておいてほしい」
4人で、国名なしの地形だけを描いた地球儀を囲んで座っている。
この地球儀は、海軍学校で航海術を教える際にも使っているため、信長も勘助も幸隆も、“地球が丸い”という概念についてはすでに理解している。
地球儀そのものは、かなり前に俺が“至高の匠スキル”で作ったものだ。
“神童”と呼ばれ、豊穣神の加護を受けている俺がこんな奇妙な物を持っていても──
誰一人として、それを不思議がったりはしない。
『きっと、神様から授かったんだろうな……』
せいぜい、その程度に思われるだけだ。
大きな地球儀を1回転させる。
「この地球儀を見てほしい。この辺りはヨーロッパと呼ばれている地域だ。この地域はさらに、いくつかの国に分かれている。住んでいる人たちが信仰するのは、キリスト教という宗教だ」
「キリスト教は、さらにカトリック派とプロテスタント派に分かれている。そのキリスト教と対立する宗教がある。その名前をイスラム教という」
「まず、キリスト教について触れておこう」
「カトリック派では、“信者と神のあいだに教皇という人間が存在する”とされている。つまり、神と人をつなぐ“特別な存在”として教皇が位置づけられているわけだ」
「この考え方だと──たとえ一国の王であっても、“教皇の下”ということになる。
国王よりも教皇の方が上という理屈だな」
「一方のプロテスタント派では、“神の下に人はすべて平等に存在する”という立場を取っているようだ。教皇のような仲介者は必要とされず、神と人とは直接つながっているというわけだな」
「教皇の下に王があるとは……それではまるで、坊主の頂点に立つ僧正の下に、帝や将軍が従うようなものでござるな」と勘助が目を見開いた。
「そういうことだな。だが──」
「この国には、民のほとんどが門徒となっているような寺は存在しない。つまり、特定の宗派が国を牛耳るような構造にはなっていないということだ。いろんな宗派が存在する我が国は、“宗教に対して寛容な国”なのだろうな」
信長が静かにうなずいた。
「つまり、宗教が国家の上に立つような世界では──“キリスト教の名のもとに大連合国軍が結成され、大戦を引き起こすこともある”ということですね」
「そうだ、実際にキリスト教とイスラム教は大戦を何度も行っているぞ」
「キリスト教徒は宗教の教えに忠実であり、異教徒を排除しようとする傾向がある。従って、異教徒との戦は熾烈を極める。また占領した国の民は、キリスト教に改宗させようとするのだ」
「この国が占領されれば、この国の民はキリスト教に改宗されるということですか」と信長。
「そうなるだろうな。その方が為政者による民の統治はやり易いはずだ。物事に対する考え方が同じになるからな」
「話を進めよう。このポルトガルと、イスパニアという国はカトリック派だ。このイングランドと、オランダ(ネーデルラント)という国はプロテスタント派だ。そしてこのフランスという国はカトリック派とプロテスタント派の領主が争っている最中だ」
「キリスト教に対する大きな宗教勢力に、イスラム教というのがある」
「イスラム教は約900年前に、このメッカというところで生まれる。キリスト教の誕生よりは後になる。その後、このアラビア半島という場所を中心に信者が増えていく」
「やがて、信者たちによりイスラム教の国、ウマイヤ王朝が作られる。この王朝の版図は巨大なものだった」
「最盛期には、このアラビア半島を中心に、西側はヨーロッパ大陸のイベリア半島、南はこのアフリカ大陸の北部、東側は我らが天竺と呼んでいるこのあたりまでに及んでいた」
「広大な版図だろ! しかし、やがて分裂縮小していく。長期に渡り、1人の王が広大な領土を治めるのは昔から難しいみたいだな」
「ウマイヤ王朝はその版図において、異教徒を無理やり改宗しようとはしなかった。その点は、キリスト教よりも寛容なのかもしれないぞ」
「我が国に関係してくる国の話をしよう。このイベリア半島だ。広さは我が国が1つと半分ぐらいだ。この半島では、約600年を掛けてイスラム勢力を追い出す戦を行ってきた。気の遠くなる程の長い戦だと思わないか?」
「やがてイベリア半島に、ポルトガル国と、イスパニア国が建国された」
「カトリックの国を作るというのが建国の目的だ。やがて、この2ヶ国の中にはイエズス会と云うカトリックの大きな会派が作られた」
「この二国は、600年の長きに渡る戦いの過程を経て、ヨーロッパ諸国の中では、逸早く国王を中心とした中央集権国家を作り上げることに成功する」




