172話 あなたがやるのよ
天文17年(1548年夏)――17歳
そもそもさ、豊穣神様って……この日の本が担当じゃないのかな?
他の国にまで手を出したら、その国の神様に怒られるんじゃないの?
神様って、縄張り争いとかないのかな……?
というか、この神様は、いったいどこまで管轄してるのかな?
『問題ないわ』
……即答なの?
あいかわらず俺の心の声、ぜんぶ聞こえてるんだな。
転生してきた当初なんて、俺にほとんど興味なかったくせに!
期待なんかこれっぽっちもしてなかったくせに!
『今はあなたに期待しているわよ』
『……そうですか。大変ありがたく存じます』
思えば、ここまで俺は本当によく頑張ってきたと思うんだけどな。
頑張った人には休暇とか、ご褒美とか、ちょっとした優しさとか……あってもいいと思うんだよ、うん。
……なのに、俺の切実な心の叫びには、なんの反応もなし!?
そういう感じ? そういう主義? 神様……。
『信長は、この時代きっての英傑ですよ! 私なんかより、ずっと、ずっと優秀です。私は本当にただの人。そこらにいる普通の人間です。やっぱり……英傑に任せた方がいいんじゃないかと……』
『本当に、英傑だと思っているの?』
『……そりゃまあ。確かに……信長だって完璧ではないですよ。でも、頭は切れるし、決断力もある。カリスマ性もあるから、癖の強い部下たちも彼には喜んで従ってるんです』
『それだけじゃないわよね……?』
『……まあ、心が……多少、若干……繊細なところがありますけど……でも、それが逆に部下たちには魅力になってまして……』
『それで?』
『戦で人をたくさん殺すと、繊細な心には多少……』
『多少、なにかしら?』
『……心が、多少病むかも……』
『あなたは、たくさん殺してきたのに、病んでいないわよね?』
『……“戦国の殺人王”みたいな言い方、やめてほしいな……』
(あれ……待てよ……じゃあ俺って、どういう人間なんだ? 鈍感……?)
(それとも、戦国時代が転生先だから現実感が薄いとか?)
(いやいや、そんなことない。俺だって人間だよ。罪の意識だってあるし、心の負担もある)
……だいたいさ、人を楽しんで殺せる奴なんて、いるわけないだろ。俺だってそうだ。だけど、何もしなければ――無関係な民が、理不尽に死ぬ。
だから俺がやるしかなかったんだよ。
無理してもやらなきゃ、守れなかったし、誰かが、やらなきゃいけなかったんだ。
『はっきり言うわよ――』
『信長は、心が弱いのよ! 頭が良いだけじゃ足りないの。信長は、あなたの部下でいる方が能力を発揮できるタイプ! ほんとは分かってるでしょ? 氏親? あれは、ただの凡人でしょ!』
(あら〜、神様……言い切ったよ……)
まあ……確かにな。
俺の責任で“戦=大量殺人”を請け負ってるからこそ、信長は迷わず、心の傷を負うことなく、その天才ぶりを存分に発揮できてるんだろうな。
……ちくしょう。論破すんなよ。
やりますよ、はいはい。やりますとも!
***
仕方がない……やるべきことは、さっさと片づけるしかないか。
軍師の勘助と幸隆、それに将軍・信長を交えて、日本統一に向けた戦略会議だ。
それにしても――
なんでこいつら、楽しそうな顔してるな。
休養がほしくて苛ついてる俺とは正反対じゃないか……。
……いいよな。お前らは。
俺にだって……
そろそろ、休みを寄越せよな……
俺は西国の現状説明を始める――
「まずは西国の現状を説明する。“忍者調査隊”や“正直屋系列店”からの報告によれば、いま数カ国を支配している大名は、大内、尼子、大友、三好の四家だ」
「勢いがありそうなのは……島津、龍造寺、毛利、長宗我部あたりか。それ以外の大名は、どこも規模が小さい。しかも大名たちも、相変わらず領地争いばかりしてるようだ」
「戦をやれば農民兵が死ぬ。農民兵が死ねば田畑は荒れる。作り手が減れば、米の収穫も減る」
「米が足りなくなれば、隣国に戦を仕掛けて奪いに行く。そしてまた農民が死ぬ。延々とこの同じことを繰り返してる」
「……その間に疲弊していくのは、いつだって民だ。無意味に死んでいく。バカの極みだな、あいつらは!」
「領地を治める力もない。ただ搾り取ることしか頭にない」
「そんな連中に土地を与え、好き放題やらせていたら、この国はいずれ崩壊する。
無能な大名どもには、さっさと国政の舞台から退場してもらわないと困る」
「信長。今の段階で、将軍家である北畠家から『臣従せよ』と命じたら……西国の大名たちはどう出ると思う?」
「……“忍者調査隊”の情報によれば、ほとんどの大名が“臣従したがっている”とのことです」
「それはなぜだと思う?」
「え? 西国の大名が臣従するだけでは……不十分なのですか?」
「西国の大名が“早く臣従したがる”理由……それこそが、むしろ問題なんだ」
俺は地図を見つめながら言葉を続ける。
「奴らは、北畠幕府もいずれ室町幕府と同じ道をたどると見ている。つまり、“将軍家の中でいずれ内紛が起きる”と、最初から確信しているわけだ」
「『今のうちに臣従しておけば、領地は安堵される。将軍家の内輪揉めが始まったときに、上手く立ち回れば、自領も権力も拡大できる』……それがやつらの本音だ」
勘助が静かに言葉を挟む。
「確かに、そのような目論見で臣従されても、国の土台が腐りますな。無条件での臣従は許してはならぬでしょう」
「また、領地の保有も一切認めず、“役職と職務に応じた収入を銭で支払う”仕組み──この制度に従わせることが、最低限の条件でありましょう」
「つまり……連中から、領地をすべて取り上げることが絶対に必要なのだ」
言い終わって俺はため息をついた。
更に続ける……
「当然、従うわけがないよな。『先祖代々、命を賭して切り取った領地を何だと思っているのだ!』と、怒り狂うに決まっている」
「だが──それでもやらねばならんのだ!」
「『領地を取り上げられても、臣従せざるを得ない』と、大名たちに思わせるだけの“絶対的な優位”を示すことが必要だ」
信長と勘助が同時にうなずく。
静かな会議室に、重く深い空気が流れていた。




