165話 三河の坊主に働いてもらおう
天文16年(1547年夏)――16歳
「さて、ここからが肝心な話だ。三河の一向宗には、この国の役に立つ仕事をしてもらう」
「そのために、坊主の中で一番偉い奴を一人だけ生かしておく」
「そいつに、朝廷に文を書かせるのだ。内容はこうだ──『我ら一向宗は、三河を一向宗の国とする。三河は、日の本から独立する』……これで、朝廷は大騒ぎになるだろう」
「そうなると──朝廷は幕府に向けて、“三河一向宗国を討て”という勅命を出す流れになりますな。それを受けて、幕府が三河討伐に動く……そういう筋書きでございましょうか?」と勘助が確認する。
「いや、そうではない。もっと大騒ぎにしてやるぞ。“三河一向宗国”から石山本願寺に共闘を求める文を送らせる。同時に朝廷にも、“自分たちが石山本願寺に共闘を求めた”ことを文で知らせるのだ」
「『三河一向宗国独立を認めてもらうまで、我々は石山本願寺と共に、日の本のすべての勢力と戦う』──というような文面だ」
「“伊賀特製の暗示薬”で、偉い坊主に国王気分になってもらうわけですね。朝廷も石山も、前代未聞の大騒ぎとなりましょうな」
「なんせ公家連中は、今まで国を治める仕事は、まったくやってきていませんからな。素人ばかりですからな!」
(そうそう、勘助。公家はポンコツ)
「だからこそ興奮しすぎて、“なにか変だ”とか、冷静に考える余裕はなくなりますな。主上は朝議を開き──間違いなく一向宗を“禁教”に指定することでありましょう」
(そうそう、幸隆。そうなるはず)
「その時に、“三河一向宗国を討てという勅命”も下るだろう。勅命がでなければ、偉い坊主にもっと活躍してもらえばいい。ここで、北畠幕府が“三河一向宗国を討ちに行けない理由”ができたらどうなる?」
「そのような都合の良き理屈、果たしてこしらえられるものでござろうか? どこぞの雑魚大名を蜂起させた程度では、口実としては些か心許のうございますな」と勘助が首を傾げる。
「忘れてはいけない大物が控えているじゃないか!」
俺は勘助と幸隆の顔を見る。
「“加賀の坊主”たちだ。一向宗の禁教指定に憤慨し、加賀も“加賀一向宗国として日の本から独立する”と言い始めたらどうだ。加賀はもとより一向宗の国と言ってはばからないわけだから、真実味があるはずだ」
「三河の偉い坊主から朝廷に、『石山本願寺に加えて、加賀一向宗国とも共闘の約束をした。一向宗が怖ければ、早く三河一向宗国を“独立国”と認めるべし』──という文を送らせるのだ」
「もちろん、忍者撹乱隊にも京で噂を流してもらう。それこそ、“日の本の一大事が勃発した――”となるだろうな。そうなると、どうなると思うか?」
「面白うござりますな。幕府は“三河よりもっと強力な、加賀一向宗国の討伐に行け”と命じられるでしょう」
「そうなると、困った主上が蝦夷国に、“三河一向宗国を討て”と依頼してくる可能性もあるということですな」
「しかし……主上には、こっそりとこの筋書きを、あらかじめ知らせておく必要は、ござりますまいか?」と勘助が作戦を付け加えてくれる。
我が軍師は優秀だ……作戦がどんどん出来上がっていく。
「近衛特殊部隊として才蔵を、主上の護衛に付けている。才蔵を経由してお知らせすれば問題ないだろう」
「そうなれば、三河一向宗国を討つ代償として、三河を蝦夷国に下されるということになっても、不思議はございませぬ。公家どもは騒ぎ立てましょうが、道理は通っておりまするぞ」
(その通りだ幸隆、三河は蝦夷国のものにするぞ)
「この成り行きに、石山は大いに騒ぎ立てることでございましょう。いや……騒ぎを起こさせる、ということでございますな」
(わかってるね勘助、どんどん騒ぎを大きくしてやる)
「そうだ、石山で騒ぎが大きくなれば、主上は“石山も討て”と命じるだろう。しかし“加賀一向宗国の討伐”はそんなに簡単ではない。そうなると主上が“石山の討伐”も蝦夷国に依頼しても、致し方なしという流れになる」
「上手く運べば、石山の地を討伐の代償として、蝦夷国に下されることも叶いましょう。そうなれば、摂津の国に蝦夷国の港と拠点が築かれることとなりまする。その拠点は、西国攻めにおいて、まこと大いに役立つことと相成りましょう」と面白がる軍師たち。
(優秀軍師たち、作戦立案を楽しんでくれてるようだな)
「この際、一向宗は綺麗サッパリ排除してしまおうではないか。準備を慎重に進めてくれ。勘助は信長にこの筋書きをしっかりと説明しておいてくれ。それとついでだが、比叡山の力も落としておくのも良いと思うのだが、どうだ?」
「比叡山をこの騒動に巻き込むのでございますね」
(そうそう幸隆、良くわかっているね)
「そうだ、朝廷が決めた一向宗の禁教指定を解除させるために、本願寺から銭を受け取った比叡山が僧兵を繰り出して、『一向宗の禁教指定を解除しろ』と朝廷に強訴しようとする動きを見せたらどうなる?」
「そのために、偉い坊主には、何度でも活躍してもらえおうではないか。『一向宗の禁教指定を止めなければ、比叡山が強訴するぞ。既に話はついている。命が惜しければ禁教指定を止めろ』と朝廷に脅迫文を送ってもらうのだ」
「これにて、玄武王様の御目的達成を妨げる“一向宗”や“比叡山”を、大いに弱体化させることが叶いましょうな」と両軍師が喜んでくれている。
***
信長は、勘助から策を聞かされ、浅井家と朝倉家の扱いについて思案を巡らせていた。
加賀へ向かうには、北近江を抜け、越前を通るしかない。
北近江には浅井家、越前には朝倉家がいる。
(御内書と勅命を利用し、加賀一向宗国の先陣を浅井家と朝倉家にやらせよう)
やる気も兵の錬度も不足している両家に討伐が務まるはずがない。
進軍は遅々として進まないだろう。いや、わざとそうするだろう。
加賀一向宗は強いからな。
だが――それでいいのだ。
加賀討伐が進まぬ理由を“彼らの怠慢”に仕立て上げれば、朝廷も納得する形で、蝦夷国に“三河一向宗国討伐”の依頼を出しやすくなる。
さらには、両家を「勅命を果たせぬ不忠の家」として糾弾する大義名分も得られる。
(一石二鳥だな)




