さ迷う番は、凍えた竜を抱き締める4
あれはいつのことだったか。
頻繁に熱を出していた幼い私は、その夜も一人きりの家で寝込んでいた。
ギュッと手を握られて、私が目を開けたら、そこには若い男性がいた。私を心配そうに見つめる瞳の色に、いつもの人だと思った。
「………お兄ちゃん?」
「しっかりしろ」
額の濡れタオルを替えてから、また手を握り、片手で私の髪を撫でる。
ぼんやりとそんな彼を見ていたら、説明できない違和感を感じた。
「眠れ、熱が下がるまで傍にいるから」
彼の声が静かで優しくて、私は安心して眠ることができた。
朝になったらいなくて、夢だったのかと思った。
今になって分かった。
あの人は、黒苑様だった。
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「ローゼリア様、気が付かれましたか?」
「緑水さん?」
泣きそうな顔をして私を見下ろしている。彼女と再会したのは何ヵ月ぶりだろう。懐かしいな。
他の侍女が誰かを呼びに部屋を出ていくのを見て、起き上がろうとしたら、彼女が慌てて支えてくれた。
「痛みはありますか?」
「あ、大丈夫です」
そうだ、怪我をしていたんだ。
白い寝間着に着替えさせられている。
覚えのある部屋で、ここが白銀国の王城で、以前私に宛がわれていた部屋だということは、すぐに分かった。
紫苑に番として迎えられた、あの時の……
ズキ、と胸に鈍い痛みが走る。
「私、どのくらい眠っていました?あれからどれだけの時間が経っていますか?」
私の最初の問いが意外だったのか、緑水さんは言葉を詰まらせたようだったが、直ぐに答えてくれた。
「……3日です。貴女は背中に怪我をしていて、灰苑様が『竜の精』で手当てを」
「そうですか。黒苑様は、どうしていますか?」
「…………………あの方は」
緑水さんが言葉を濁していたら、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ローゼ!」
「灰苑様」
灰苑様が私に抱き付いて来て、それから慌てて身体を離した。
「ごめん、怪我痛いよね!」
「大丈夫です。ほとんど治っているみたいだし、痛みもないんです。ありがとう灰苑様」
そう言うと、くしゃりと顔を歪ます彼の頭を撫でる。
まだ子供なのに、この子は辛い目にたくさん遭った。それでも私を守って気にかけてくれる優しい竜だ。感謝してもし足りない。
「本当に、ありがとう」
頭を引き寄せて抱き締めると、照れ臭そうに頬を赤くしている。柔らかい灰色髪を見つめていたら、しばらくして顔を上げた灰苑様が私と目を合わせて何か言いたそうにする。
それが合図のように、私は頷いた。
「灰苑様」
「話、したいの?」
「はい。私、黒苑様と話がしたいんです」
「…………辛いと思うよ」
「ええ、分かっています」
顔を曇らせた彼だったが、それでも私の手を引いた。
痛みはなくて、支えられながらだが歩くことはできた。怪我のせいというよりは、数日眠っていたきりだったので身体がだるいようだった。
簡易なワンピースに着替えた私は、灰苑様に支えられながら城の奥の小さな部屋に辿り着いた。
部屋の前には見張りがたくさんいて、物々しい雰囲気だった。
「開けて」
灰苑様が一言命じて、難なく扉は開かれた。部屋の内側にいた見張りに下がるように彼が言えば、心配そうに私達を見ている。
「平気です。もう彼は、私達に危害は加えないはずです」
私は彼らにそう言って、灰苑様と二人で部屋に残った。
小部屋の中は、鉄格子に仕切られていて奥の部屋には窓もなく出入り口はない。
簡易なベッドと机と椅子、それだけがある。
その椅子に黒苑様は座っていた。
灰苑様は無言で私の袖を掴んできて、緊張しているのが伝わる。正直、私も怖い。
唾を呑み込み、なんとか彼を目に映す。
「……………………………ローゼか?」
匂いで察知したのだろう。私が会いに来たことに驚いたらしく、黒苑様は名を呼んで思わずといった風に立ち上がった。
瞼を閉じたままで、首には竜型を封じる首輪が付けられ、手足には枷が付いていた。
上半身は裸で、肩を中心に包帯が巻かれた状態だった。
痛々しい姿に、言葉を失っていたら、一歩だけ彼は私に近付いて来た。
「傷は…………いや、何でもない」
すっと顔を背けて唇を噛み締める彼を見て、私は震える声で答えた。
「もう、治りかけています」
そっと息を吐く彼に、やはりそうなんだと思った。
「最初から私を殺すつもりはなかったんでしょう?殺す気なら、心臓を突き刺せば良かったのに、貴方はわざと逸らした」
「……………………そうだ」
自嘲めいた笑みで肯定した黒苑様は、椅子に座り直すと俯いた。
「殺してくれるかと思ったんだがな」




