さ迷う番は、凍えた竜を抱き締める2
まるで遺言のようだと感じた。
私の腕を掴んでいた手を放すと、紫苑は、もう片方の手を差し出したまま少しだけ口端を上げ私を見上げたままだ。
私に心を吐露して、それでも「行くな」とは言わない。言ったその先が、どうなるか分からないからだろう。
私は紫苑の言葉に、唇を引き結ぶと手で涙を拭った。それから直ぐに、差し出された紫苑の手に指を絡めた。
「私もよ」
ゆっくりと引かれれば、今度はしっかりと彼の首にしがみついた。
そうだ、私は紫苑の番。
どんな時も共にいる、彼は私のたった一人の番。
「私の、番」
その時の私は、たった一つの想いでいっぱいだった。紫苑を守るために我が身を捧げてもいいと思っていたのに。
「紫苑………一緒にいるよ」
少し身体を離して、血に濡れた頬を指で拭ってあげて笑って伝えた。彼の想いに、ようやく追い付けた気がした。一番確かで大切なこと。
紫苑の番として、常に在る。
「ローゼ」
間違ったかもしれないのに、彼は幸福とも悲しみとも取れる微笑みで私のこめかみに唇を押し当てると、片手で私の肩を強く抱き締めた。もう片方の手は私の手と絡み合って離れていなかったから。
「番だもの、ずっといるから」
「ああ………俺の番だ」
優しい囁きに頷いたら、背後で草を踏み締める靴音がした。
「それが、答えか?」
抑えた声音が、私に問う。
「…………私の番は、紫苑だけです。私が好きなヒトも紫苑だけ」
互いを片手で抱き締めて、彼の首元に顔を寄せた。
素直な気持ちを晒すと、こんな時なのに幸せだと感じた。
「それが答えです」
「そうか」
黒苑様の短くも悲しい声がしたと思ったら、背中に鈍い衝撃が走った。
「あ」
力が抜けてしまって、彼に凭れた。
「ローゼ!!」
私を見下ろす紫苑は、信じられないといった表情で名を呼ぶ。
じわじわと背中から温かい液体が流れて、肌を伝う。
「あ………しえ、ん」
酷く冷たく痛い。
「どうして、俺じゃない………なぜローゼを」
たどたどしく彼が呟きながら、私の頬を撫で、肩を擦る。私から逃げていくものを捕まえようとするかのように。
瞼が重くて目を閉じれば、紫苑が呻きながら私を両手で抱いてくれた。
「……………狂え、貴方に同じ苦しみを!俺も兄上も狂えばいい!狂えば………何もわからなくなればいい!もう心なんていらない!狂って全て忘れて分からなくなればいい!」
黒苑様の震えた叫びを耳にして、私はまた涙を流した。
***************************
「ろーぜろーぜ、ああ」
草地に横たえた番に被さって、紫苑は名を呼び続けた。もう自分が何を言っているのかも定かじゃない。訳が分からない。
なぜローゼが背中に傷を負っているのか。なぜ目を瞑って動かない?
怖い。
眠っているだけだ。そうにちがいない。
「めを、あけ………」
怖い。息をしているか、確かめるのが怖い。触れて、冷たくなっていたらどうしたらいい。とても恐ろしい。
頬に触れたいのに、怖くて触れられない。目を閉じてしまった彼女に触れられない。唇を寄せたいけれど息吹きを感じなかったら…………
「あ、あああああああああああああ!くるえよ!」
近くで叫ぶ竜が憎い。
頭が真っ白で、もう息も苦しくて、何もかもどうでもいい。自分が死んでいようが生きていようが、もうどうでも……
「憎い、憎い」
怒りと憎しみが自分を支配しようが、もう抑えようがない。
「憎いにくい!ああ!うあああああああ」
くるう!それでいい、くるって、なにもかもわからなくていい
こころがひきさかれ、いたくて、いきていられない
くるえば、らくに
ああ、おれの、あおのはな




