救いの竜2
「申し訳ございません!灰苑様のあとを辿り、あの方とローゼリア様を発見しましたが、追跡の途中振り切られました」
「………………………」
玉座に座る黒苑の前で、騎士達が膝を付き報告をしていた。
「お許しを………」
怯えを含んだ声音に、彼は虚ろな目を向ける。
「…………それで良い」
「陛下?」
「灰苑を、わざと逃がして兄上の元へ逃げ出すように仕向けた。それで十分だ」
肘を付いた手を、自分の額に置いた黒苑は口角を上げて短く笑った。
「きっと動く。俺と兄上の思考はよく似ているからな。これ以上は俺から背を向けることはないだろう。ローゼが俺を拒む理由が、兄上の存在のせいなら……消さねばならない」
「こく…へ、陛下!」
騎士達は皆、戸惑いと悲しみを湛えて彼を見上げた。分かっているのだ、皆が恐怖だけで自分に従っているわけではないことを。
侍女の緑水のように、哀れみや同情で付き従う者も少なからずいる。
だが今の自分には、彼らの気持ちも言葉も受け入れる余地がない。
苦しいだけ。
本当に欲しいものが、たった一人の存在が、唯一つの願いが叶わないのが苦しくて辛くて堪らないだけ。
「…………待っていればいい」
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「傷、だいぶ良くなりましたね」
灰苑様の傷口を覆っていたガーゼを全て剥がすと、ぬるま湯で絞ったタオルで傷痕を優しく拭いた。
「…………僕が来て、迷惑だったよね?」
「え、いいえ。なぜそう思うんですか?」
ベッドに座る彼に服を渡して顔を覗くと、チラッとこちらを見てくれた。
私達は、小さな島の宿に隠れていた。3日経った灰苑様の傷は、すっかり癒えていた。
「ずっと二人で隠れて生きていくつもりだったんでしょ?僕が来たばかりに、見つかる可能性が高くなった」
「ごめん」と呟き、彼はシーツを握った。
「目の前で………母様が死んで、僕、もう頭が真っ白になって訳がわからなくなって……そうしたら兄様を思い出して無我夢中で」
瞳を潤ませて、灰苑様の体が震える。
「居場所を知らせてしまうのは、わかっていたのに。怖かったんだ、僕………兄様なら助けてくれるって思ってそれで………本当なら母様が守っていた兄様とローゼを、僕も守って隠していてあげなきゃならなかったのに」
「灰苑様」
ぎゅっと頭を抱くと、大人しく身体を預けてくれた。
「子供なのに、そんなこと考えなくていいんです。何より貴方が無事で良かった。とても………辛かったよね」
まだ子供なのだ。竜族にしたら赤ん坊と変わらない幼さなのに。母親が死んだのに、いくら情が薄くても悲しくないわけがない。
「ローゼ」
「大丈夫だから………甘えたらいいのよ」
しがみついてくる灰苑様の心が癒えるには、時間が必要だ。私も目の前で母を亡くしたことがある。その時負った心の傷は、時間と人からの愛情で癒してもらった。
だから同じように、この子にあげられたらいいと思う。
「灰苑様、私ではお姉ちゃんの役目はできませんか?」
「………ローゼ」
「私、貴方が大好きですよ。弟のように思っているんです」
言ってから、苦い気持ちになった。
この子は私を恨んでいるのに、軽々しく口に出すべきじゃなかった。
「ごめんなさい………無理ですよね」
勝手だったと後悔して謝ったら、しがみついていた灰苑様が大きく首を振る。
「………嬉しいよ。だって僕も本当はローゼが好きだもの」
「灰苑様………」
「ローゼ」
「ちょっと待て」
突然割り込んだ紫苑に、肩を掴まれて引き離されてしまった。
「あ、ローゼ」
「………少し元気になったようだな」
目は潤んでいるが、どことなく悪戯っぽい顔の灰苑様を見て、紫苑は安心したようだ。
それから私を見て、額に手を当てる。
「疲れているだろう、熱は?」
「大丈夫よ、もう……」
「ふうん」と、ニヤニヤしている灰苑様を見て口を閉じる。
「少し休め、灰苑は大丈夫だ」
言いながら、ぐしゃぐしゃと頭を乱雑に撫でる紫苑に「やめてよ」と、もがきながら灰苑様は涙を滲ませて笑う。
無理をしているのかもしれないが、それでも笑ってくれたことが嬉しい。
乱れた灰色髪を直しながら、灰苑様は照れたように私を見上げた。
「ありがとう。僕は大丈夫、だって母様の子だから………」
「灰苑様………きゃ?」
紫苑は、もう一度だけ弟の髪を撫でると、素早くヒョイと私を抱き上げて隣の部屋に運んだ。
「休め、あとは俺が付き添うから」
「でも」
ベッドに無理矢理私を寝かせると、自分も入り込んできて後ろから私のお腹に手を回して体を寄せてきた。
「ん?灰苑様の傍に」
「少しだけ」
私の肩に顔を寄せ、紫苑は匂いを嗅いだようだった。
「紫苑?」
「ローゼ、俺は」
「え?」
何か言いかけて止めたような素振りに、後ろを振り返ったら待っていたように唇を重ねられた。
「ずっといたいな」
唇を離すと、淋しそうに小声で言うので、私は灰苑様にしたように彼の頭を抱き締めた。




