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救いの竜

 

 長い時間が経ったように思った。


 目を瞑って銀竜の体に凭れていた私は、彼の苛立つ唸り声と同時に、閉じられていた指が緩まってできた光の眩しさで顔を上げた。


 隙間から外を見てみたら、下は海だった。肝が冷えるような高さで、思わず銀竜の指を両手で掴んでいたら、少しずつ速度を落としているようだった。


 追っ手は振り切ったのだろうかと、銀竜の背後を見たら、まだ数匹の竜が付いてきていた。速度を下げたことで、銀竜との距離が近くなったのにも関わらず、その竜達は攻撃を仕掛けてこなかった。


「兄様、あのヒト達は敵じゃない」


 同じように竜達を確認した灰苑様が紫苑に言うと、銀竜は頷き、見えてきた陸地へと降下した。


 白い砂浜へと着地した銀竜は、私と灰苑様をそっと降ろすと、続いて着地した竜達へと鼻先を向けた。

 三匹の竜達は、銀竜の前で頭を垂れて「グアグア」と鳴き声を立てた。

 口々に鳴く竜達に、銀竜は静かに耳を傾けて、時折短く鳴いた。


 邪魔にならないように、少し離れた所で灰苑様と膝を抱えて座って見ているが、私には竜の言葉は分からない。


「灰苑様、傷は……」


 頬の擦り傷に手を伸ばしたら、首を振ってから私の手を避けるように顔を背ける。


「…………あの竜達は、兄様に王になって欲しいと言っているよ」


 紫苑の上着で身体をすっぽりと覆い、灰苑様は竜達を見ながら説明してくれた。


 彼らは表面上黒苑様に従っていた騎士だが、実は紫苑を支持する者達で、白霧様と繋がっていて国内の情報を提供していたそうだ。


「黒苑兄ちゃんは、もう………おかしくなっている。王として冷静に国を治めることは困難になってきているから」

「それは……」


 灰苑様が、私に目を向けた。


「番が拒んだから、心が壊れてきているんだよ」


 はっきりと突き付けられた事実に、今まで知らないふりをしていた自分が責められたように感じた。


「ローゼ、母様が死んだよ」


 つう、と涙を流した灰苑様に、言葉が出なくて見返すばかりだった。そんな気はしていたというのに。


「なんで母様が黒苑兄ちゃんに殺されなければならなかったのかな」


 10年前、私が二人に出会わなければ、こんなことにはならなかった。何度思ったことか。


「灰苑様……」

「何も言わないで………わかってるんだ、ローゼのせいじゃない。だけど……僕、酷いこと言いそうで………」


 両目を懸命に腕で擦って肩を揺らしている子供に、どうしたら寄り添える?

 頭を撫でて慰めたいのに、とうとう私に背を向けてしまった。私の存在によって彼が傷付くなら、私は……


 急に大きな影が落ちて驚いて見上げると、竜の姿の紫苑が私達の前に座っていた。


 話は終わったらしく、その背後の空を竜達が飛び去るのが見えた。

 彼も白霧様の死を聞いたはずだ。紫の瞳に映る自分がどんな顔をしているのか確かめるのが怖くて俯いたら、頬を生温かいものが掠めた。


「え?う、きゃあ」


 銀竜の長い舌が、私の頬……というか顔全体をチロチロと舐め上げる。


「あああ、ううう」


 竜の手に体を鷲掴みにされて、顔を飴のように何度も舐められてベチョベチョにされて、もう何がなんだか………


 私が硬直しているのを良いことに、まるで毛繕いでもしているかのように、目を細めて舐め回されていたら、隣の灰苑様が徐々に後ずさっていく。


「に、兄様、僕はいい、僕はいいからね!」


 ガシッと灰苑様も体を掴まれて、小さく悲鳴を上げるのを見て、やっとこれが慰められているのではと気付いた。


「わああ」


 ジタバタともがく灰苑様を、紫苑が引き寄せる。

 舐めはしなかった。そのまま自分の固い鱗の並ぶ体に軽く押し付けただけだった。


「兄、さま?」


 不思議そうに見上げる灰苑様を見つめた彼は、私も同じように引き寄せた。

 そう、抱き締めるように。


 表情の出ない竜の姿なのをいいことに、紫苑は私達を慰めようとしてくれているんだ。

 きっと人の姿だったら、真っ赤になって恥ずかしがっているだろうに。


 灰苑様が、我慢できずに声を上げて泣き出した。あどけなさの残る子供の泣き声を聴き、私も力を抜いて紫苑の体に凭れた。


「…………紫苑、ありがとう」


 鱗を撫でると、「ぐるる」と喉を鳴らし、翼を広げる。

 両の翼が私達を囲んで、その包容感にホッと息を吐いた。


 このヒトは、とても強いと思った。こんな時でも、他者を思いやれるヒトだ。

 そんなヒトが、このまま弟である黒苑様が狂っていくのを、白銀国が壊れていくのを見過ごせるのだろうか。


 私達は、いつまで一緒にいられるのだろう。


 紅色に染まりゆく海を横目に、そんなことを思ってしまった。

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