救いの竜3
夢を視た。
春の暖かい陽気を浴びて、私は広い野原にいた。
黄色と白の花が一面咲いていて、寝転がった私は雲の無い空を見上げていた。
突如、青の中に小さな銀が光って、それが私に向かって降りてきた。みるみる大きくなる銀は竜で、立ち上がった私の前に降り立つと頭を上げた。
紫の瞳を細めた竜は、口にくわえた青い花を私に差し出した。
『ローゼリア』
「紫苑?」
うたた寝をしたらしい。
灰苑様のベッドに上半身を預けていた私は、彼がいないことに気付き慌てて身体を起こした。
肩に紫苑の上着が掛けてあり、滑り落ちかけたそれを持つと柑橘系の香りに包まれる。
とても心地よい夢だった。優しくて泣きたくなるような。
夢の余韻を頭を振って消し、辺りを見回す。二人はどこだろう。
体の癒えた灰苑様は、もう起きていて問題ないのだが、1日の半分は眠っている。そうやって心のダメージを回復しようとしているのは分かっていたので、なるべく付き添っていたのだ。
部屋を出ると階下で聞き慣れた声がする。小さな宿は少人数の客しかいなくて声だけが微かに響く。
階段を降りる途中、その声が止んだ。
階下は食堂になっていて、まだご飯時ではないので竜の兄弟しかいなかった。
「……………起きたのか」
灰苑様と向かい合って座っていた紫苑が立ち上がり、私に近付く。背中を見せて座っている灰苑様は、こちらを見ずに手で目を擦っているようだった。
泣いている?
声を掛けようとしたら、紫苑に手を握られて引かれた。
「あいつは大丈夫だ」
落ち着いた声で言うと、半ば強引に私達の部屋へと促された。戸を閉めたら直ぐに抱き締められて、手を付いて押し返した。
「あ、ローゼ?」
「何を考えてるの?」
端正な顔を真剣に見上げたら、驚いたような顔をする。
「ねえ、白銀国に戻るなら私も一緒に行くよ。足手まといになるなら途中で置いていっていいから。一人で悩んだりしないで、私に話して」
「ロ………」
「どこかで隠れて暮らしてもいいの。私と灰苑様と貴方でずっと」
私だって不安で怖い。もう誰も傷付いて欲しくないのに、私は何もできないでいる。紫苑の国や弟を憂う気持ちを知っていて、道を拓く術を知らない私は結局彼に決断を委ねている。
「私、紫苑の番でしょう?どんな時でも……」
押し返していた手を取られ、紫苑が私を堪えられないといった感じで抱き締める。
「ありがとう、ローゼリア」
嬉しそうに顔を近付けてくるので、避けてみた。
「あっ?」
「一緒にいるよね?約束して」
「約束する」
即答してくれたことに安心したら、顔を下へ向けた紫苑が私を壁に押し付ける。
「例え俺が……」
「え?ん………」
私の首元で囁いた言葉が聞こえなくて、聞き返そうとしたら首を噛まれた。唇で食むように肌を噛み、そこをベロリと舐められる。
「紫、苑?!」
戸惑う暇なく抱えられ、ベッドへ転がされた。すぐにキスをされて、瞼を閉じた彼越しに天井を見る。
それからゆっくりと目を閉じて体の力を抜いた。
触れあった唇から『竜の精』を僅かに受け入れる。
「少しだけ………」
紫苑が、興奮他諸々の感情を混ぜて囁いた。
「す、少しだけ?」
「す………少しだけ見たい触りたい」
私は内心残念な気持ちで頷くと、肩に手を置いた。彼にしては、かなり積極的になったものだ。
胸元のリボンを解いた彼が、肌をじっと見つめていたと思ったら溜め息を吐いた。胸元まで見えていて、彼を直視できない。
感極まったように、彼が呻いた。
「…………尊い!」
「いや、えっと」
見られ過ぎて顔を反らしてボソボソと言ってしまう。
「私、いいのよ、その」
止めるように唇を軽く塞いでから、紫苑は「いいんだ」と微笑んだ。
「目に焼き付けておきたいんだ」
鎖骨を優しくなぞり、大事に胸元にキスをしただけで、満たされたような表情で私を抱き締める。
「……………ローゼリア、また今度花を渡すから」
「うん」
夢を思い出して、正夢になるのかなと思った。あの幸せな気持ちが本当になるのならいい。
そのまま腕から抜け出せなくて、甘さが心地よくて一晩中暖かさを分けていたはずだった。
朝、ベッドで一人きりで目覚めるまでは。
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「きっと来ると思っていた、兄上」
黄色と白の花の咲く野原に、黒苑は佇んでいた。
足首を隠す草花へ向けていた視線を巡らせた先には、こちらを見つめる紫苑がいた。
「遅くなって悪かった、黒苑」
片手で耳飾りを外し、花を踏み締めた紫苑は静かな面持ちで弟に告げた。
「今、救ってやるから」
そうして、黒苑に長槍の矛先を向けた。




