200年前の番達
「白霧様が言ってた街はここだけど」
山間の街シェイダを地図を片手に歩いている。
次の日、私達は再び山道を歩き、途中で人の目の無い辺りで竜になった彼の背に乗せられて翔び、夕方この街に着いた。ここはアースレンの山間沿いに点在する街の一つだ。そして温泉街でもある。
村には幾筋も白い湯気が立ち上っていて、土産屋や飲食店が舗装された道の両側に並んでいて、その奥には旅館や日帰り温泉がひしめいている。
観光客らしき人達が湯巡りを楽しむ様子がちらほら見えた。
「温泉…………」
「紫苑、何か想像したでしょ?」
私を見て、鼻と口を隠して赤くなるって分かりすぎ!
「別に」
「でも入りたいなあ、一人で」
「うぐっ」
温泉なんか初めてだ。お風呂好きな竜族である紫苑も心なしワクワクしているみたい。
人探しをしなければならないが、とにかく腹ごしらえしないと紫苑が心配なので、観光客で賑わっていたレストランに入った。
温泉卵のドリアを食べていたら、向かい側で何枚も空の食器を積み重ねている紫苑と目があった。
既に食べ終わったらしく、肘を付いて私を見ていたらしい。
目が合うと、恥ずかしくて互いに顔を反らしてしまう。
今朝起きたら、紫苑が私の背中に引っ付いて眠っていたんだよね。眠る前は、私が彼の背中側にいたはずなのに。肩を抱いていた彼の手の感触を思い出すと、むず痒いような浮き足だったような気持ちになる。
彼と再び一緒に過ごすようになってから、急速に距離が縮まった気がする。この先、私はどんな顔をして彼に接したらいいんだろう。今まで、どんな顔をしていたっけ。
「な、なあに?」
また私を見ている。その内、穴が開いちゃうかもってほど。
よく見たら、私の唇を凝視しているようだ。
「何でも、ない」
そう言いながらも、お腹一杯のはずなのにゴクリと喉を鳴らす彼に、居心地の悪さを感じながら食べることに集中した。
食事を終えて、レストランの人に尋ねて教えてもらった小道を歩いていたら、ふいに横から肩を引き寄せられた。
「紫苑、人が」
「誰もいない」
ぎゅう、と抱き締められて一気に動悸が激しくなった。
「ど、どうしたの急に」
「何でだろうか。一度知ってしまったら止められないものだな」
額にキスをされて、その甘さに染められそうだ。少し慣れてきたのだろうか。最初の頃は手が触れただけでも悶えていたのに、主に紫苑が。
彼の手が私の瞼を覆いたそうに動くので、唇を狙っているんだと分かって思わず目を瞑ろうとしたら、足に何かがくっ付いた。
「え?」
見ると、赤茶色の髪をした2歳ぐらいの男の子が、私の足にしがみついていた。
栗色のつぶらな瞳が私を見上げている。
「か、可愛い!」
紫苑の巻き付く腕を剥がすと、悲しげな呻きを無視して、座ってその子と視線を合わせた。
「どこの子?迷子かな。僕、名前言える?」
「わお」
名前、なのかな?
「成る程」
私が首を捻っていたら、男の子の両脇を掴んで持ち上げた紫苑が、しげしげとその子を観察するかのように見ている。
「見た目は人間と変わらないな。だが匂いは竜族だし、育てば竜化も可能か。俺とローゼの子も、こ、こんな感じになるのか、参考になるな、うん」
「子どもを見て言う言葉じゃない………ん?今何て」
指を吸ってキョトンとしている子を、紫苑が左右上下から生態観察していたら、道の先から男の人が「アオ!」と呼びながら走って来た。ああ、アオ君ね。
「パパ」
「アオ!また家から逃亡したな。知らない人に拐われたらどうするんだ」
紫苑の手からアオ君を取り返した男の人が「すいませんね、うちの子が」と元来た道を戻ろうとするのを、紫苑が「待て」と呼び止めた。
「はい?」
「『山のケーキ屋リッケル』という店を探しているのだが?」
「ああ、私の店ですよ。お客様ですか?」
「いや……白霧の紹介だ」
紫苑が白霧様のサインの入った紹介状を渡すと、アオ君を抱っこしたまま目を通した彼は驚いた顔をして、今度は私達を交互に見る。
「そうですか………とにかく店に案内します。妻の方が分かると思いますので」
「ああ………行こう、ローゼ」
さりげなさを装って紫苑が私の手を握り、アオ君と男の人の後を歩き出した。
「ねえ紫苑、この人ってもしかして……」
「ああ」
紫苑が私を見て小さく頷いた。
思い出したように、男の人がこちらを振り返った。
「あ、申し遅れました。私はリッケル、息子はアオといいまして」
「知ってる。一時期有名だったからな」
紫苑が言うと、彼は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「あー、そうですよね。だから隠れて暮らしているんですがね。私達のこと随分前になりますが、人間のローゼリアさんもご存知ですか?」
「はい、一応」
同じような境遇に親しみが湧いて頷くと、若いままのリッケルさんは、にっこりと笑った。
「竜族の番となった人間同士、よろしくローゼリアさん」
折り返し。




