求婚の竜、決断の番4
指輪を拒絶し大声を出した私に驚いたのか、広間に静寂が降りた。
「ローゼリアよ、冗談が過ぎるぞ」
「そうですよ、さあ式の続きを」
アースレン国王夫妻が引きつった笑みで言うと、一拍遅れて周りも取り繕った笑い声を立て出した。
そして何もなかったように居ずまいを正すと、進行を促すように再び拍手を始めた。
「冗談なんかじゃ……!」
「わかっているのか」
黒苑様が低く押さえるような声音で、私を見ている。
「灰苑達がどうなっても良いのか。貴女の言動次第で、俺が二人をどうするか」
「いいえ!」
一歩ずつ下がりながら、私は彼を挑むように見据えた。
「私と番になるために、一国の王が人質を取るなんて馬鹿げてるわ!もし二人に何かしたら、見ていたヒト達はどう思う?家族を酷い目に合わせたら王としての資質が問われるでしょう」
困惑のざわめきが広間に広がっていく。アースレンの国王夫妻や一部の者は、彼のしたことを知っているのかあまり動揺は見られなかった。
「それに……黒苑様、私は邪魔だと思ったら家族さえ傷付ける貴方を愛することはできません。もしこれ以上白霧様や灰苑様、紫苑に何かしたら私は貴方を憎みます。たとえ番になっても死ぬまで憎むわ!」
「………………………」
指輪を落とし、黒苑様は堪えるように唇を噛んだ。深い悲しみと苦しみに彩られた顔を俯けて肩を震わす姿から、そっと目を逸らした。
番の冷たい言葉は、どんな人からの言葉よりも胸に突き刺さるはずだ。心を傷付けたことは自覚していた。
灰苑様達を守るために、大人しく従うことが最良だったかもしれない。
でも二人を守り、黒苑様に目を覚まして欲しかったから、これが私のできる精一杯の抵抗だった。
番を得る為だけに、このヒトが為したことを思えば、私にも責がある。だから私なりの方法で止めたかった。気付いて欲しかった。
心を違う竜に渡した自分が番では、このヒトを幸せにはできない。自由になって欲しいと思ったから。
「ごめんなさい」
黒苑様に背を向けた。
紫苑の行方を探そうと思った。あの竜なら、きっと私を血眼になって探しているだろうから。
広間の扉を目指して踵を返そうとしたら、動けなかった。
振り返ると私のドレスの裾を黒苑様がしっかりと踏みつけていた。
「灰苑と白霧を殺せ」
兵に命じてから私を見た彼は、暗く怖い目をしていた。
「…………一生閉じ込めてやる。俺を苦しめる声などいらない。逃げるような足もいらない。喉を潰し足の腱を切ってでも、貴女を放さない」
ゾクリと背を冷たいものが這った。
私は間違えたのかもしれない。
「や、やめて」
このヒトは、私の何が欲しいのだろう。心はいらないのか?
「ローゼ」
私の腰を捕まえて、後ろから彼が抱きすくめる形になり暴れようとするが、強い力で動けない。
目の端に、灰苑様と白霧様を囲う兵を捉えて息を呑む。
「やめて!!やめっ」
制止しようと叫んだら、突如、広間の扉が外側から激しい音を立てて無理矢理開かれた。
「その婚姻に異議ありだ!!」
竜騎士達と紫苑が戦いながら、なだれ込むように入ってきて、彼は横目でこちらを見ながら叫んだ。
「父親殺しの王に、ローゼと番う資格はない!」
………何だろう。言ってることは真剣なのに、ご機嫌な表情で戦っている不自然な竜がいる。
「何を言うか、父親殺しは貴様だろう」
「そうだ、早く捕らえろ!」
観衆と化した人々が、戦いに巻き込まれないように逃げながら、彼を罵った。
「愚かでなければ、自ずと分かるはずだ、どちらが嘘をついてるか。ローゼリアは俺の番なのだから!」
「よく言った!」
今まで様子を静観していた白霧様が、すっと立ち上がった。
すると、控えていた竜族の侍女達がドレスをからげて、腿に隠していた短剣を一斉に構えた。
「妾を見くびるな、黒苑!」
白霧様が手を振るや、彼女達が兵へと斬りかかりった。
「ローゼ!」
女性から剣を受け取った灰苑様が、私へと駆け寄ろうとしたが、兵に阻まれる。
「返せ!黒苑!」
小道の花が混乱で舞い上がる。花を浴びて紫苑が声を荒げる。
そちらを見もせず、黒苑様は私を肩に担ぐと広間の前方の小さな扉を開け、続きの間へと早足で入ると内側から鍵を掛けた。
カーテンの引かれた暗い小部屋を抜けて、どんどん奥へと進んで行く。たくさんの部屋や廊下を通って、自分がどこにいるか分からなくなってきた。
広間の悲鳴や叫び声は次第に遠くなり、嘘のように静かになった。
「どこへ?」
「…………………」
黙っている黒苑様が、とても怖い。
私を支える腕の力が強く、痛いぐらいだった。
長い巻き階段をどんどん上り、戸を開けると風が吹き込んだ。
そこは広い庭のようなテラスになっていて、陽光に照らされていた。全方角に大砲が設置されているのは外部からの侵入者へと向けたものだろうか。
ここが屋上だと分かって、私を連れ去ろうとする彼の意図に気付いた。
案の定、彼が竜化の為に私を一旦降ろそうと屈んだ瞬間、私はその頬をペチンと叩いた。
「っ、な……」
驚いて思わず頬に手を添える彼から逃げて、私は躊躇うことなく手すりを乗り越えた。
「ローゼ、何をして……」
「来ないで!」
手すりの外側から叫ぶと、手を伸ばしたまま黒苑様は動きを止めた。
下をチラリと見れば、微かに人々の騒ぐ声が聴こえ、やや離れた所に巨大な王門とそれを取り囲む高い塀があった。白銀国の城よりは高くないが、それでも落下すれば死ぬぐらいには高さがある。
下から吹き上げる風で、ドレスの長い裾がバタバタと羽根のようにはためいた。
「ローゼ!こっちへ!」
「黒苑様、私は人形じゃないの」
手すりを掴む指を放し、私は申し訳ない気持ちで笑った。
「ロ……!!」
血相を変える黒苑様が目に映ったが、私は直ぐに瞼を閉じた。
一か八かだが、番の本能に身を任せることにした。
落ちながら、名を呼んだ。
「紫苑っ!!」




