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捧げる竜

 

 目を開くと、生きていた。

 高い木々が緑豊かに映え、木漏れ日が燦々と降り注ぐ。

 数度まばたきして手を動かすと、柔らかな青草が心地よく肌を掠めた。


 ぼうっと木々の間から覗く青空を眺めていたが、急に思い出した。


 私、飛び降りたよね?なんで生きてる?いや死ぬ気は無かったんだけど。そうだ、灰苑様や白霧様は無事だろうか?私の判断ミスで危ない目に合わせてしまった。申し訳なくて……あ、紫苑は?!


 手をついて体を起こそうとしたら、自分が小刻みに震えていることに気が付いた。

 あの時は必死で飛び降りたけれど、思ったよりも自分が恐怖を感じていたんだと、今頃になって分かった。

 ああそうか、私怖くて気絶してたのか。


 立ち上がろうとするのだが、上手く足に力が入らず……いや、やけに重い。


「………わあ」


 座った状態で足の方を見て、一瞬目を疑った。


 私の足に縋り付く真っ裸の男がいた。

 ドレスの裾ごと両足の膝の辺りを抱え込んで蹲る男は、程好く付いた肩の筋肉を震わせ、俯けた銀髪を揺らしていた。


 いつからこうしていたんだろう?私が気絶している間ずっと?


「紫苑?」


 竜になって私を受け止めてくれたんだ。

 番の危機に、ちゃんと駆け付けてくれた彼を思い、嬉しくて顔が綻んだ。


 顔を上げないので、銀髪を指で何度も優しく漉く。


「……………どうしてこんな無茶を」


 絞り出された低い声は怒っている。そりゃあそうだろうな。


「ごめん。でも黒苑様にどこかに連れ去られるよりはいいかなって思ったから」

「………………俺が、あとほんの少し遅れたら……死んで……」

「でも助けてくれた。きっと来てくれると思ったから」

「っ、俺が、どんな思いだったと」


 ノロノロと顔を上げた紫苑は、不安と怯えで一杯の顔で私を見つめた。目元が少し赤い。


「俺はダメなんだ。お前のこととなると冷静になれなくて、怖くて………自分がこんなに弱い奴だとは100年生きていて初めて知った。情けない」


 ズルズルと這って私に寄って来る裸が少々怖いけど、それよりも彼の気持ちの吐露に驚いた。


「紫苑」

「お前を探している間、白銀国まで行ったのは覚えているが、どこをどう探していたか分からないぐらいには混乱していた。やっと見つけたと思ったら、あいつと婚姻しそうになってるし、お前が飛び降りて地面にぶつかる寸前だったのを見た時には……俺は、気が狂うかと……」


 それが唯の比喩ではないことを知っていたので、私は顔を下げた。

 黒苑様の番になることだけは、どうしても嫌だった。だから悔やんだりはしないが、もっと他に良い手段があったかもしれない。


「ごめんね紫苑、でも」

「あ、やっぱり俺は狂ってるのかもしれない」

「え」


 今気付いたように紫苑は呟き、私の解けかかった髪を一房掬って鼻を近付け匂いを嗅いだ。


「これは狂った俺が自分に見せてる幻か。うんそんな都合良くあんな敵だらけの中で、ローゼと脱出できるわけない。髪まで良い香りなんてありえねえし」

「え?」

「そうだ、ローゼがウェディングドレスなんか着て、すんげえ可愛いとかちょっと乱れた感じがそそるなんて願望か、やはり都合が良すぎるもんな」

「……………」


 さりげなく襟を合わせて、ドレスの乱れを直した。


「おまけに俺が裸なんて何の罰ゲームだ信じたくないし、竜化って結果恥ずかしいし、ここは絶対幻だ。うんそうに違いない」

「そっか、そうだね。裸なんて見たいけど見たら困るし幻か」

「え?」

「え?」


 じっと見つめ合い、二人沈黙していたが、このままおかしな会話を再開すると日が暮れてしまう。


 現実か考えているような紫苑の両目を、ペタッと片手で覆った。


 そして何か言いたげな紫苑の唇に、自分のをそっと重ねてみた。

 ひんやりとして、氷菓子を含んだように甘くて……


「…………………………」


 唇と目を解放すると、彼はぼうっとして余計虚ろになってしまっていた。


「ほ、ほら私、幻じゃないから。ね、ちゃんと感触があったで」


 言い終わる前に、頬に手が添えられて唇が封じられてしまった。


「…………ゆめ、夢か」


 ほんの少し離して、紫苑が呟いた。


「ローゼとキスしてる。夢なのか、こんなことって」


 言いながら、熱い吐息と共に唇を再び重ねてきて、また直ぐに離れた。


「………ああ、甘い。すごい」


 恍惚とした紫苑が、「夢だ夢だ」と、繰り返し軽いキスをしてきて、まるで確認するかのように私を見つめる。

 遅れて瞼を閉じたら、今度は唇を重ねたまま止まってしまった。


 スルスルと頬に添えられた手が下りて、肩を抱いた。

 紫苑の体温は低い。それなのに触れられたところから熱くなって、段々と何も考えられなくなってきて、私も彼の背中を抱き締めた。


「これが夢なら言えるかも………」


 ようやく離れた唇が独り言のように呟いて、紫苑は私の首筋に顔を埋めた。


「愛してるんだ」


 狂おしい熱量を持って発せられた響きが、胸に深く染み渡るようだった。

 ぎゅっと目を閉じて何も言えなくて、応えるように強く抱き締める。泣きたいような笑いたいような衝動が湧くが、唇を噛んで抑えた。


 贅沢だとは思うけど、ただ、ただね、服を着てから言って欲しかったよ、愛しい銀竜。


















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