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求婚の竜、決断の番3

 

「白銀国の元王子ともあろう方が、何を取り乱しているのか」


 門へと槍を突き立てていた紫苑の背後を、アースレンの兵達が取り囲んだ。兵達の手には長い銃身をした銃が握られている。

 火薬の嫌な匂いに、紫苑は彼等を思いっきり睨み付けた。


「どけ、邪魔立てするな!」

「邪魔立てしたら何とするのか?貴方は竜族の中でも巨大な竜。竜化したら室内での移動は難しいし、建物を壊しかねない。そんなことになったら番を危険にさらすでしょう。貴方も分かっているから、その姿を保っているのでしょう?」


「貴様、メイアスか」


 兵の中で一際豪奢な鎧を身に付け、冷静に畳み掛ける40代ほどの男を、紫苑は知っていた。10年前にまだ珍しかった銃ではなく、剣で戦いを挑んできた彼は、今は将軍になっているはずだ。


「紫苑殿、槍を収めて下さい。さすれば門を開きましょう。一目だけなら娘に会うことも可能かと思います」


 数度刃を交えたが、メイアスは卑怯な真似を嫌い正々堂々と正面から戦いを挑むような馬鹿正直な男だった。今も、彼は自分に同情するかのように申し訳なさそうに太い眉を下げて、紫苑を見ていた。


「……………早く案内しろ」


 ローゼがいなくなった後、竜になって白銀国まで捜して回った為に、黒苑と彼女の婚姻の報せを聞いてからここに辿り着くまでにかなり時間が掛かってしまった。


 門が開くと、そこには老人が立っていた。


「渡して下さい。武器の所持は認めておりません」


 長槍を消した彼に、老人が促した。


「イゼール殿、だが」

「メイアス殿は黙っていなさい」


 ピシャリとメイアスを黙らせた宰相であるイゼールは、60代ほどの小柄な老人で、ギョロっとした大きな目に大きな口は魚を思わせた。


「祝いの席に、そのような無粋な物を持ち込んで暴れられても困るのですよ。仮にも王子だった方が、個人の感情に動かされて国との友好を崩すような真似はしないとは思いますがね」


 苛立ちながらも、紫苑は耳飾りとなった武器をイゼールではなく、メイアスに向けて無言で放った。

 すると、それを合図に兵の一部が紫苑に背後から飛び掛かり、地面へと俯せに倒した。


「馬鹿め。番のことで頭が回らないようだの」


 数人掛かりで押さえ付け後ろ手にされる紫苑に、すぐさま竜化の首輪が嵌められる。


「イゼール殿、何を?!」


 驚くメイアスをよそに、イゼールは兵から杯を受け取ると、小さな水差しから赤い液体を注いだ。

 そして、銀髪を引かれて、無理やり顔を上向かせられた紫苑の前に杯を突き出した。


「紫苑殿。誇り高い自死か我らの刃を受けて無残に散るか、どちらかを選べ」


 ワインに混ぜられたのは、竜族には毒となるサーべの実を粉にしたものだろう。


「黒苑に命じられたのか、俺を殺せと」


 赤い液体の微かな波を眺め、苦しげに問う紫苑に、イゼールは無言で応えた。


「そうか……これが答えか」


 その時、王宮の内部から歓声が聴こえた。ピクリと反応した紫苑は、後ろ手にされていた手で、逆に相手の手首を掴んで力を込めた。


「ぎゃあああ?!」


 骨を折られた兵が悲鳴を上げた時には、背中を押さえ付ける兵を拳で殴り付け地面に転がし、紫苑は立ち上がっていた。


 ひっくり返った杯から、溢れた赤を踏みしめて一喝した。


「どけ!!そちらがその気なら、容赦せぬ!」


 気圧されて後退するイゼールとは対照的に、メイアスは剣を抜かずに周りの兵に制止をかけた。


「撃つな!」

「い、いいから撃て!」


 イゼールの息の掛かった一部の兵が構えたが、照準を合わせる前に、兵から奪った紫苑の剣が、銃身を切り落とした。


「お前達こそ頭が回らないのか?俺はアースレンとの戦いには慣れてるんだよ!」


 他の兵が放った弾を身体を傾けて避けた彼は、剣を翻して、その兵の銃を握る手に斬り付けた。


「紫苑殿!」


 そのまま王宮へと駆け出す彼に、後ろからメイアスが名を呼んだ。投げて寄越した耳飾りを片手で受けて紫苑が将軍を見ると、行けというように彼が頷いた。


「貴方が御父上を手にかけたなど、私は信じません。戦の折り、剣を交えはしたが貴方は良い男だった」

「貴様もな、メイアス」


 剣を捨て長槍のみを手にし、歓声と多くの人間と竜族の匂いを頼りに内部を走り抜けた。途中出くわす警護の兵を問答無用で叩き伏せる。


 こんなこと許せるわけない。ローゼが他の誰かと番うなど、考えただけで気がおかしくなりそうだった。

 彼女だけを手にして、どこまでも遠くへ行きたかった。この世界から隔絶した場所で、ローゼだけを目にしていたいと思うほどに。


 彼女の存在を知った瞬間、自分は以前の自分に二度と戻れなくなってしまった。離れていても、常に彼女のことで頭がいっぱいだった。

 あまりにも強い竜族の本能に抗おうともした。

 無理に尊大な態度を取り、番の引力から遠ざかろうと謀ったこともあった。彼女から距離を取ろうとした結果は、泣きたいぐらいの恋しさと自己嫌悪ばかりだった。


 もし自分が黒苑の立場だったら、弟と同じ事をしたかもしれない。それほどに執着は強く苦しい。


 だから黒苑の気持ちが理解できる。だが決して渡せない。


「ここは通せません」


 大広間の扉を守る竜族の騎士達が矛を構えて立ち塞がる。


「………………」


 見覚えのある彼等に槍を向けて、紫苑は前へと踏み込んだ。


 大きな扉の合わせから歓声が漏れていたが、ふいに途切れた。

 沈黙の唐突さに紫苑と騎士達も奇妙に思っていたら、女の高い声が響いた。


「このヒトを愛することは誓えない!!」













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