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導く竜5

 

 王都ソリュシアにある、アースレン国王の住まう王宮に私はいた。


「どうぞ中へとお進みください」


 道中ずっと私の世話をしてくれた女性が、謁見室の扉の前で私に促した。

 道理で覚えがあるはずだ。私は白銀国に行く時に、一度ここに来た。僅かな滞在だったから、あまり覚えていなかったが、彼女はその時に私の世話をしてくれた侍女の一人だったのだ。


「………………」


 謁見室へと無言で入ると、案の定国王夫妻が椅子に座っている。

 目上の者が先に発言するのが礼儀なので、頭を垂れて彼等の言葉を待つ。


 手の拘束は解かれていて、着替えさせられたドレスの端をギュッと握る。


「ローゼリア、そなた何をしておる」


 国王であるトラリス陛下が、苛立ちを含んだ言葉を投げた。


「私は言ったはずだ。アースレン国と白銀国の関係を更により良きものとする為にも、必ず白銀国の次代の国王の番となって仲を取り持つようにと」

「はい」


「それがなぜ、罪を犯し国を追われた竜と共にいるのだ」


 トラリス陛下は40代前半、10年前に父親を玉座から引き摺り下ろした人だ。

 黒髪を後ろに撫で付けて髭を蓄え、やや痩せた体型をして、いかにも神経質そうな彼を、私は以前から嫌いだった。


「恐れながら陛下、私は第一王子の番として白銀国に渡りました。ですから」

「私は次代の国王へとそなたを送ったのだ。逃亡した元王子の元へではない」


 彼は私を貢ぎ物か何かだと思っている。最初に謁見した時も、頭ごなしに戦後の経済支援や国交回復の助けとなるよう切々と説いてきて、私の意思など考えもしない。


「第二王子の黒苑殿が、この度白銀国の新しい国王に即位した」

「え!?」

「何を驚く。継承権順位からして当然だろう。近々アースレンにも公式な発表がなされる」


 予想はしていたが、直接聞くとショックだった。これで紫苑は白銀国へと完全に帰れなくなったのだ。

 あの白霧様が、簡単にそれを承諾したとは思えない。灰苑様も白霧様も無事だろうか。


「即位の儀式の際、白銀国新国王から私は直接声を掛けられた。『白銀国国王の名の元、番である娘を保護して連れて来るように』と。そして、娘が逃げたのはアースレンにも責任があるとな」


「そんな」


 それが本当なら黒苑様は、私を得る為に一国を脅したのだ。先程の援助を振りかざして。


「だからそなたは、必ず白銀国国王の番として責を全うするのだ。そなたは、アースレンを背負っていることを忘れるな」

「………私は平民で、何の身分もありません。そんな責を負わされるような……」


「では、我が養女として王女の身分を名乗ればよい。肩書きなど、いくらでも与えてやる」

「……………………」


 馬鹿馬鹿しい。

 この人は紫苑の提案した和睦の件を利用するようにしてクーデターを起こして王座を得たような人だ。

 私から言わせたら彼は決して戦争を止めた人ではない。戦争で疲弊した人心を取り込んで父親に恨みを向けさせるような狡い人だ。

 そして今度は私を利用している。


「我々がそなたを捜すのに、どれほど苦労したか………わかったな?次こそは、間違った判断をするな」

「…………………」


 唇を引き結び、トラリス陛下を睨むように見返したら、思いがけない態度だったのか、彼はたじろぐような様子を見せた。


「な、そなた」

「陛下、ローゼリアは長旅で疲れています。もういいでしょう」


 やり取りを見ていたアディアナ王妃が、初めて声を発した。

 ふくよかな体つきの彼女は、隣で立ち上がりかけた夫を手で制して、柔和な笑顔を浮かべた。


「ローゼリア、そなた陛下の言いたいことはわかりましたね?」

「……はい」


 頭が上がらないのか、トラリス陛下は渋々といった様子で椅子に座り直している。


「そなたが愚かな娘ではないと私は思っている。我々の信用をこれ以上裏切ることはないでしょう、ねえ?」


 私は国王よりも王妃である彼女が一番苦手だ。ニコニコした笑顔で一方的な意見を押し付け、反論を許さない。


「さあさ、話はこれぐらいにして後はお願いするわね」


 私の言葉を聞かず、王妃は侍女達に目だけで命じる。


「こちらへ」


 馬車に付き添っていた侍女が、私の手を引き部屋へと案内した。こちらを見る彼女の表情は、あまり変わらない。感情を表に出すことが苦手なようで、私と一緒だと思ったが、すぐに違うと思い直す。


 私は紫苑に再び出会った時から、よく泣いて叫んで怒って笑っていたじゃないか。

 私の心を、あんなにも揺さぶったのは彼だけだ。


 そんなことを思った私に、侍女は食事をさせてくれた。一人食べる私を傍に控えて見つめる彼女は、どうやら憐れんでくれているらしい。雑談などしないが、私の扱いは、とても丁寧で優しかった。


 次の日の朝、湯浴みをさせられ隅々まで磨かれた私は、既視感を覚えた。

 以前のアースレンを旅立った時も、こんな風に貢ぎ物として磨かれ飾られたからだ。


「どうぞ……」


 ただ、招かれたのは、アースレンの王宮の貴賓室の一室だった。

 そこにソファーに座る黒苑様がいて、私を見るや勢いよく立ち上がった。


 立ち尽くす私に素早く近付くと、腕を掴んだ。


「貴女が戻ってくるのを待っていた!ローゼ!」


 掴んだ腕を引き寄せて、黒苑様が私を強く抱き締めた。


「こくえ、っ、黒苑様」


 私なんかの力では抗えず、腕の中で唯、彼の服をグッと握った。


「卑怯です」


 顔を上げて睨むと、まぶたに口づけを落とされた。


「それでも……貴女を失うよりずっといい。愛してる、ローゼ」












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