心を乞う竜2
「ずっと守ってくれてたの?」
「思い出したのか?」
私が手を付いて彼の方に身を乗り出すようにして見下ろすと、床に蹲っていた紫苑が、ゆっくりと顔を上げた。それから、そろりそろりと私に手を伸ばす。「ギュッてしてもいい?」に反応したようだ。
「貴方、名前も家も教えてくれなかった」
そうだ、聞いても秘密だと言われた。たまに会うだけで、話だって当たり障りの無い天気や体の具合なんかだった。
最近会ったのは、一ヶ月前。
食堂の片隅に座り働く私を見ていた。
忙しくて声も掛けられなくて、いつの間にかいなくなっていたんだった。
だけど、それ以前もずっと前から。
両親を戦争で亡くした時、私は出会った。あんなに強烈な出来事を私は記憶の片隅に追いやっていたなんて。
「思い出したよ、貴方に初めて会った時のことも」
泣き笑いの顔で言うと、紫苑は膝を立てて私にしがみついてきた。
「ローゼリア………」
「どうして教えてくれなかったの?」
「お前には辛い記憶だ。だからお前自身忘れようとしていたんだろう。自分で思い出してくれるまでは黙っていようと思った。それに恥ずかしいし」
「え?」
紫苑は私の腰に手を回して、布団越しに私の膝に顔を臥せている。
「………だって、戦争してたアースレンに和睦を持ちかけたのは俺だし……それがお前の願いだったからで、もうアースレンに完全勝利で白銀国の支配下に置いていいんじゃね?っていう感じだったのを無理矢理和睦させて…」
「もしかして」
事の大きさに愕然とした。
「10年前の戦争が突然終結したのは、私の為……だったの?」
「…………………」
こくり、と紫苑は確かに頷いた。
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少女は、母親の手を引っ張っていた。きな臭い煙が濃さを増し、火の手が近いことが幼い彼女にも分かっていた。
「お母さん!お母さん起きてよ!」
咳き込み、煙で痛む目から涙を溢して、必死に腕を引っ張るが、母親は動かない。
お母さんは、眠ってるだけだ。そうに違いない。
うつ伏せに倒れた母親の背中には、深い傷があって服が真っ赤に染まっていた。薄く目蓋を開け、そこから覗く茶色の瞳はどこも見ていない。
「お母さん!お母さん!」
こんな小さな町に火を放ったのは、敵である白銀国の軍ではない。竜族が地理的にも拠点としやすいと判断したアースレンの軍が、自ら火を放ったのだ。
その混乱に乗じて兵達の略奪が横行し、僅かな財産を奪われまいと抵抗した母親は、少女の目の前で剣で斬られた。
父親は徴兵されて前線に送られ、既に訃報が届けられている。
「嫌だよお!お母さん!」
一人になってしまう。少女には絶望でしかない。
紅蓮の炎が、黒い煙を伴い近付く。
炎に囲まれ、もう逃げられないと思った時だった。
後ろからヒョイと体を持ち上げられた。
驚いているうちに、長槍を払って炎に道を作って走り抜け、少女は安全な丘で降ろされた。
「怪我は?」
少女を助けた青年は、呆然と座り込む彼女の目線に合うように膝を付いた。
そして、煤けた頬を指で拭う。
じっと彼女の顔を見つめていた彼の唇が弧を描いた。
「………見つけた。見つけたぞ」
感極まったように声を震わせる青年は、少女をそっと抱き締めた。
「俺の番!」
その言葉に、少女は目を見開いた。
『番』なんて言葉、竜族しか使わないと知っていた。
自分を抱き締める男の銀髪を見つめ、いきなり両手で髪を引っ張った。
「痛たたたたた!」
「どうして戦争なんかしたのお!お母さんを返せ!お父さんを返せ!みんな嫌い大嫌い!人間も竜族も戦争なんてする人大嫌い!うわあああん、お母さんおかあさん!!」
髪を引っ張っていた手が、やがては彼の頭や肩を叩き出した。
小さな手で叩いても、髪を引っ張るほどの痛みは与えらなかったようで、天を見上げて泣き叫ぶ少女を、青年は落ち着くまで抱き締めていた。
「…………すまない」
泣き声が小さくなるまで待って、彼は謝罪を口にした。
「お前が望むなら、もう戦はしない。だからそんなに泣かないでくれ」
「お母さんお父さん……」
しゃくりあげる少女を見つめて、もう一度謝り、青年は聞いた。
「俺の番、名前は?」
「…………ローゼリア」
「ローゼリア!そうか!」
答えてくれたことに、彼はホッとしたようだった。
「行く当てがないなら、このまま俺と白銀国へ来い。ローゼリア、お前は間違いなく俺の番だ。辛いことからお前を守ると約束する……だから結婚しよう」
真剣な顔で求愛する青年に、8歳のローゼは固まった。そして返事を待つ彼の頬をペチンと平手打ちした。
「いでっ?!」
「へんたい!」




