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心を乞う竜2

 

「ずっと守ってくれてたの?」

「思い出したのか?」


 私が手を付いて彼の方に身を乗り出すようにして見下ろすと、床に蹲っていた紫苑が、ゆっくりと顔を上げた。それから、そろりそろりと私に手を伸ばす。「ギュッてしてもいい?」に反応したようだ。


「貴方、名前も家も教えてくれなかった」


 そうだ、聞いても秘密だと言われた。たまに会うだけで、話だって当たり障りの無い天気や体の具合なんかだった。


 最近会ったのは、一ヶ月前。

 食堂の片隅に座り働く私を見ていた。

 忙しくて声も掛けられなくて、いつの間にかいなくなっていたんだった。


 だけど、それ以前もずっと前から。

 両親を戦争で亡くした時、私は出会った。あんなに強烈な出来事を私は記憶の片隅に追いやっていたなんて。


「思い出したよ、貴方に初めて会った時のことも」


 泣き笑いの顔で言うと、紫苑は膝を立てて私にしがみついてきた。


「ローゼリア………」

「どうして教えてくれなかったの?」

「お前には辛い記憶だ。だからお前自身忘れようとしていたんだろう。自分で思い出してくれるまでは黙っていようと思った。それに恥ずかしいし」

「え?」


 紫苑は私の腰に手を回して、布団越しに私の膝に顔を臥せている。


「………だって、戦争してたアースレンに和睦を持ちかけたのは俺だし……それがお前の願いだったからで、もうアースレンに完全勝利で白銀国の支配下に置いていいんじゃね?っていう感じだったのを無理矢理和睦させて…」


「もしかして」


 事の大きさに愕然とした。


「10年前の戦争が突然終結したのは、私の為……だったの?」

「…………………」


 こくり、と紫苑は確かに頷いた。


 *********************


 少女は、母親の手を引っ張っていた。きな臭い煙が濃さを増し、火の手が近いことが幼い彼女にも分かっていた。


「お母さん!お母さん起きてよ!」


 咳き込み、煙で痛む目から涙を溢して、必死に腕を引っ張るが、母親は動かない。

 お母さんは、眠ってるだけだ。そうに違いない。


 うつ伏せに倒れた母親の背中には、深い傷があって服が真っ赤に染まっていた。薄く目蓋を開け、そこから覗く茶色の瞳はどこも見ていない。


「お母さん!お母さん!」


 こんな小さな町に火を放ったのは、敵である白銀国の軍ではない。竜族が地理的にも拠点としやすいと判断したアースレンの軍が、自ら火を放ったのだ。

 その混乱に乗じて兵達の略奪が横行し、僅かな財産を奪われまいと抵抗した母親は、少女の目の前で剣で斬られた。

 父親は徴兵されて前線に送られ、既に訃報が届けられている。


「嫌だよお!お母さん!」


 一人になってしまう。少女には絶望でしかない。


 紅蓮の炎が、黒い煙を伴い近付く。

 炎に囲まれ、もう逃げられないと思った時だった。


 後ろからヒョイと体を持ち上げられた。

 驚いているうちに、長槍を払って炎に道を作って走り抜け、少女は安全な丘で降ろされた。


「怪我は?」


 少女を助けた青年は、呆然と座り込む彼女の目線に合うように膝を付いた。

 そして、煤けた頬を指で拭う。

 じっと彼女の顔を見つめていた彼の唇が弧を描いた。


「………見つけた。見つけたぞ」


 感極まったように声を震わせる青年は、少女をそっと抱き締めた。


「俺の番!」


 その言葉に、少女は目を見開いた。

『番』なんて言葉、竜族しか使わないと知っていた。


 自分を抱き締める男の銀髪を見つめ、いきなり両手で髪を引っ張った。


「痛たたたたた!」

「どうして戦争なんかしたのお!お母さんを返せ!お父さんを返せ!みんな嫌い大嫌い!人間も竜族も戦争なんてする人大嫌い!うわあああん、お母さんおかあさん!!」


 髪を引っ張っていた手が、やがては彼の頭や肩を叩き出した。

 小さな手で叩いても、髪を引っ張るほどの痛みは与えらなかったようで、天を見上げて泣き叫ぶ少女を、青年は落ち着くまで抱き締めていた。


「…………すまない」


 泣き声が小さくなるまで待って、彼は謝罪を口にした。


「お前が望むなら、もう戦はしない。だからそんなに泣かないでくれ」

「お母さんお父さん……」


 しゃくりあげる少女を見つめて、もう一度謝り、青年は聞いた。


「俺の番、名前は?」

「…………ローゼリア」

「ローゼリア!そうか!」


 答えてくれたことに、彼はホッとしたようだった。


「行く当てがないなら、このまま俺と白銀国へ来い。ローゼリア、お前は間違いなく俺の番だ。辛いことからお前を守ると約束する……だから結婚しよう」


 真剣な顔で求愛する青年に、8歳のローゼは固まった。そして返事を待つ彼の頬をペチンと平手打ちした。


「いでっ?!」

「へんたい!」








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