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さ迷う竜は、番(人間)の足に追い縋る  作者: ゆいみら


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心を乞う竜

 

 額に触れる手、私はこの手を知っている。


「また無理をして」と、悲しそうに言うヒトは、私が寝込むといつも駆け付けて来たっけ。

 一晩中手を握ってくれたその手は、大きくて少しひんやりとしていて、体温が熱を冷ましてくれるようで心地良かった。


 忙しいのか、そのヒトは私が働く食堂にたまに食事に来るぐらいだったけれど、私が病気や怪我をした時は必ず家まで、或いはその前は孤児院にまで顔を出してくれた。


 あれ?私はいつから知っている、いつ出会った?


 思い出そうとしたら、怖くなった。私は……ああ、そうだ。

 彼に言われたんだった。


『信じてはいけないよ。信じれば傷付くのは自分なのだから。貴女を愛せるのは俺だけ。誰かが貴女に愛を囁くなら、疑って否定して。それは違うから。間違って誰かを好きになってはいけないよ、ご覧……貴女の両親のようになってしまうよ』


 ***********************


「起きたのかい?ローゼ、あたしが分かるかい?」

「あ……」


 ふくよかな中年の女性が、私を心配げに見ている。


「おばさん……どうして?」


 私の家の向かい側に夫婦で住んでいるサーシャおばさんだ。世話焼きで、よく私にご飯を食べさせてくれた人だ。


「いえね、ツィタに姉夫婦が住んでいるのよ。今日は遊びに来てて船で帰ろうとしたらさ、あんたが目の前で倒れるのが見えたから、びっくりしちゃったわ」

「す、すみません。私迷惑を掛けちゃって」


 どうやら宿にいるらしい。こじんまりとしているが清潔感のある部屋に洗い立てのシーツの石鹸の香りがする。


「亭主が煩いから、あたしは帰らないといけないけど、着替えにタオルに薬もそこに用意しておいたから、早く治すんだよ」


 サイドテーブルにセットした物を指差したサーシャおばさんが、言いながら立ち上がる。


「はい、ありがとうございました」


 もう会えないと思っていた彼女に会えて、懐かしい気持ちが湧く。


「それはあの兄ちゃんに言いなよ。あんたを助けて運んでくれたんだ。それだけじゃない、あんたが小さい時から、ずっと見守ってくれていたんだよ」


 おばさんの視線を追うと、部屋の扉に凭れて腕組みをする紫苑が見えた。私と目が合うと、プイッとそっぽを向いた。怒っているらしい。


 ニコニコとおばさんが私の手を握って、小さな声で囁いた。


「あんたが白銀国に急に行っちまったもんだから、ロクにお祝いも言えなかったけど、あの兄ちゃんが結婚相手なら良かったじゃないか。きっと大事にしてくれるさ」

「お、おばさん」

「竜族だとは知っていたんだよ。でもまさか王子様なんてねえ。どうりで名前も明かさなかったわけだ」


 荷物を背にして帰り支度を済ませた彼女が腕を広げるのを見て、体を起こして抱き付く。


「おばさん、ありがとう」

「何があったか知らないけど、また落ち着いたら遊びにおいで。それから仲良くするんだよ。わかったね?」

「………は、はい」


 有無を言わさぬサーシャおばさんの力強い念押しに、たじたじになりながら返事をする。扉の所のヒトが怖くて見れない。


 おばさんを見送る為に彼が出て行き、顔を覆って深く溜め息をつく。目元が火照って熱いが寒気は無いから、次第に熱は下がると思う。


 熱を出したこと、故郷の近くに戻って来たこと、加えておばさんと話したことで私は曖昧だった記憶を思い出してしまっていた。


 どうして気付かなかったんだろう。黒髪に眼鏡を掛けて変装までして、夜なんかフードをすっぽり被って顔をはっきり見せたことがなかった。

 ただ紫の瞳は、あのままだったのに。


 ゆっくり考える時間は無かった。

 乱暴に扉を閉めた紫苑が、足音を立てて傍の椅子に座った。


「し、紫苑、あの……」

「………そんなに」

「はい?」


 腕組みをして、あさっての方を見ながら、紫苑は不機嫌さを纏っていた。


「………そんなに俺の言葉が信じられないか、通じないのか?これでも俺は精一杯の気持ちで言葉にしたし行動で示したのに。どうしてだ、なぜ分からない。いや、お前の気持ちが分からない。俺を捨てようとするなんて!番に捨てられた竜がどうなるか分からないのか!」


「ええっと……紫苑、あの」


 恐る恐る腕に触れて、こちらを向いてもらおうと思ったら、その前に紫苑が勢いよく私に顔を向けた。

 話していたら、イライラが上昇したようだ。


「俺は!これでも一生懸命気持ちを伝えたんだぞ!クソ、どうしてそんなに鈍いんだあ!」

「し、紫苑、さん」


 ガシィッと、肩を掴まれて目を見開く私に、かつてないほどに鬼気迫った彼の顔が近い。


「どうやったらちゃんと通じるんだ!ああ?ストレートに好きだと言ったら満足か?愛していると言えば分かるのかあ?!お前が好きで好きでどうしようもないとかああああ!」


 叫んで、そのまま真っ赤な顔で床に崩れて蹲り悶絶して自爆する彼を私は……逆に冷静になって見つめた。


「…………紫苑」

「あ、あうう、何も言うな言うな黙れ黙れ」

「ねえ、一回ギュッてしてもいい?」

「あああ、あ………………………あ?」


 何だろう、この爬虫類。今凄く可愛いと思ってしまった。




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