第8話 勇者、姉の恋を後押しする
姉さんたちが帰った後、遠征の準備をした。
準備と言っても大したことはない。着替えはオーブリーが洗浄魔法をかけてくれるので、数枚あれば十分らしい。あとは、携帯食料を持てるだけ持てと言われたが、とても数ヶ月分は持てそうもない。
「食糧足りなくなったらどうするんスか?」
「空間魔法を使える魔道士がいるから、かなりの量を運べると思うが、現地調達もすると思う」
「……それって」
「狩った魔獣を食う」
「ひぇっ!」
「結構美味いらしいぞ」
「解体とかは誰が?」
「騎士の中にできるやつがいるから安心しろ」
俺は好き嫌いがない方だが、魔獣はさすがに経験がない。
「ケントには普通の食糧が優先的に与えられるだろう」
「それは、申し訳ないですね……」
ただでさえ戦力外なのに。それじゃ完全にお荷物じゃないか……。
魔獣くらい食ってやる。たとえ、どんな味でも……勇者の名にかけて。そう思ったが……。
「何も遠慮することなんかないぞ。お前は本来、こんな討伐に行く義理なんかないんだ。平和に暮らしていたのに、突然呼ばれて魔獣王を倒せだなんて理不尽なことを言われたんだから」
「それはそうですけど……」
「長年鍛えて遠征にも慣れてる俺たち騎士とは違うんだ。だが、トドメを刺せるのはお前しかいない。そこだけはお前に頼る必要がある」
「それは、わかってます」
「だから、俺たちはお前を万全の体調で頂上まで連れて行かなければならない」
「はい」
「お前は身体に気をつけて、頂上まで行くことだけを考えてくれ。そのためのサポートなら何でもするからな」
「わかりました!」
そう言われればそうだ。頂上に着いたときにふらふらでトドメどころじゃないという状況は何としてでも避けなければいけない。
魔獣の肉がどうしても身体に合わなかったら、無理せず普通の食糧を分けてもらおう。
正直、情けない。でも、今はその厚意に甘えるしかない。俺の仕事はグルメレポじゃなくて「トドメ」なんだから。
「水はどうするんです?」
「水魔法持ちがいるから問題ない」
(便利すぎるだろ、この国……)
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その後、姉さんの部屋へモバイルバッテリーを借りに行った。途中、オーブリーに言う。
「今日、レオンさんが一緒だったから、髪飾りのこと言い出せなくて……」
「さっき、俺がこっそり教えておいたぞ」
「いつの間に!?」
さすがオーブリーだ。
「姉さん、なんて?」
「驚いていたな。何か考え込んでいる様子だった」
「そっか……」
姉さんの部屋に来るのは初めてだ。レオンはしょっちゅう来てるのかと思うと、少し悔しい。
姉さんの部屋でしばらく雑談していると、姉さんがオーブリーに言った。
「……レオンさんに、内緒で贈り物をしたいんです」
「いいね、それ! 全力で協力するよ!」
オーブリーは大賛成のようだ。レオンが喜ぶからだろう。
すぐに実家と懇意の宝飾商に連絡を入れると約束していた。寮の管理人にも話を通すとも。
すごい手際の良さだ。
姉さんが予算を伝え、自分の瞳の色の石を使いたいと言ったときも満面の笑みを浮かべていた。
自分の色か……。その意味を知った上で贈るということは、やっぱり姉さんもレオンのことが好きなんだな。
「……なんかちょっと妬けるな」
「え?」
つい、口に出てしまった。
だが、あそこまでわかりやすく好意を示され、命がけで守ると言われれば、好きになってしまうのも無理はない。
ここは、くだらないヤキモチなんか焼いている場合じゃない。
「いや、なんでもない。でもさ、それなら予算もう少し上げたら?」
「そうしたいけど、これで精一杯かな」
ここは俺の出番だ。
留守中の手当は、姉さんに渡すよう頼んであるから使って欲しいと伝えた。当然、姉さんはそんなの受け取れないと言う。予想どおりの反応だ。だけど、俺だって譲らないぞ。
「……姉さんを巻き込んだの、俺だから」
「賢斗のせいじゃないわよ」
いや、違う。
魔法陣が出た瞬間、姉さんを突き飛ばすべきだったのに……。
抱き寄せた。あれは完全に、俺の判断ミスだ。
姉さんは否定するけど、俺は勇者なんだ。守らなきゃいけなかったのに……姉さんを巻き込んだ。
「もし、あのとき私を外に出してたら……私は、賢斗が消えるのを、ただ見てるだけだったのよ。そんなの……無理。絶対に耐えられない」
姉さんの声が震えてる。一緒に来られてよかったって、本気で思ってる。そう言ってくれた。
姉さんが本当にそう思ってくれているのはわかる。それに……
「俺も……姉さんが一緒に来てくれてよかった、っていうのが本音だよ」
情けないけどな。
でも、少しでも、姉さんに『普通』の時間を持っててほしいと思ってる。戦うのは俺だけでいい。
突然、見知らぬ国に来ちゃったけど、そこで好きな人ができたなら、その人と楽しい時間を過ごしていてほしい。贈り物をするなら、できるだけいいものを贈ってほしい。
「だから使ってよ。俺の分」
それでも姉さんは首を縦に振ってくれない。弟の援助で贈り物をするのは気が引けるらしい。それなら……、
「姉さん、今いくら持ってる?」
姉さんが答える。それは全部贈り物に使ってもらおう。
「じゃあ、予算はさっきの三倍で」
そう、オーブリーに伝えた。
姉さんはわけがわからないという顔をしていたが、
「俺の分は生活費に回せばいいだろ? そうすれば、名義上は『全額、姉さんの持ち出し』だ」
そう言うと、意図を察してくれた。そして、ようやく受け取る気になってもらえた。
「ありがとう……本当に、いい弟を持ったわ」
「だろ?」
姉さんに恋人ができたとしても、姉さんの弟は俺だけだ。恋人は別れる可能性があるけれど、俺は一生弟のままだしな。
その座は最強の騎士だろうが公爵子息だろうが、絶対に奪えない。
ちょっと悔しいけれど、レオンなら、まあいいだろう。
最強の騎士だし、ちゃんと姉さんのことを思っている。
俺が留守の間、姉さんを託せるのは、やはりあの男しかいない。
……俺は、絶対に生きて帰らなきゃいけない。
姉さんを、ちゃんと自分で迎えに行くためにも。




