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第9話 勇者、魔の山へ向かう

 翌朝……。


 討伐隊員は王宮前の広場に集合した。

 見送りの人たちも大勢集まっている。


 姉さんが来てくれているのを見つけた。レオンと一緒だ。

 レオを連れて姉さんのところに行く。


「姉さん、来てくれてありがと」

「当たり前でしょ」


 姉さん、泣かないで笑ってくれてる。よかった。


「こいつ、相棒のレオ」

「レオ?」

「最初の頃、性格悪くて俺のことなめててさ、ひどかったんだ」


 姉さんがレオンを見上げて少し笑う。レオンは眉根を寄せている。


「でも、今はすっかり仲良しだよ」

「それはよかったわ。レオ、賢斗をよろしくね」


 姉さんがそう言って首筋を撫でると、レオは気持ちよさそうに目を細めた。

 初対面でも、俺のときとはだいぶ違うな。


「それじゃぁ、行ってくるね」


 なるべく、いつも通りに言った。ちょっとそこまで買い物にでも行くかのように。

 深刻な顔をしたら、姉さんが泣きそうだったから。


「なるべく、早く帰ってきてね」

「わかった。……姉さん」

「なに?」

「ちゃんと、飯食えよ」


 軽口を言い合う。

 涙の別れにはしたくないから……。

 最後に、


「レオンさん」

「ああ」


 それだけで、通じた。


「じゃあ、手紙書くよ。心配しないで」

「行ってらっしゃい」


 隊列へ戻ると、オーブリーに言われた。


「ケント、結界を張っておこう」

「え、もう?」

「サーヤは二ヶ月前でも麓で瘴気にやられたんだろ? 今はずっと濃くなっているはずだ。どのあたりから影響があるかわからないからな」


 レオンがオーブリーに言ってくれたのかもしれない。ここは素直に従っておくことにした。


 隊列が動き出す。きっと姉さんは手を振ってくれているだろう。

 それでも俺は振り返らない。そのほうがきっと辛くなるから。俺も、姉さんも……。


 振り返らない弟に、沙弥は手を振り続けていた。見えなくなるその瞬間まで。最後の一人が視界から消えるまで。


                +++++


 城下町を出て街道を進む。やがて田園地帯に出た。温暖なこの国では、まだ畑は青々としている。こうして見ると、日本の田舎と変わりないように思える。


 遠征隊は、第二騎士団がほぼ全員。第一騎士団からは、魔法に秀でた騎士や登山経験がある騎士たちが参加している。それと、結界や浄化などの魔法でサポートする魔道士たち。

 レオンは一人で結界も浄化も治癒もできるし、魔力量も多い。騎士たちの間でも、護衛をさせて遠征に参加させないのはもったいないという意見が出たそうだ。

 だが、今のレオンの様子を見て、そういう意見は消えたらしい。完全に、恋する男の顔になってるからな。

「あのレオンがな~」と、皆、微笑ましく思っているようだ。


(魔王が姫に恋して人間に戻ったのかもな)


 そんなことを考えながら、魔の山への道を進んだ。


 何度も休憩をとりながら、隊列はゆっくりと進む。

 明日からは山に登るのだから、体力は温存しておかないといけない。


 麓近くの農家に馬を預けた。俺たちが山に入っている間、手分けして世話をしてくれるらしい。レオともここでお別れだ。


「いい子にしてるんだぞ」


 そう言って首筋を撫でてやると、レオは甘えるように鼻をすり寄せてきた。


 そこから野営地までは徒歩で進んだ。


(姉さんが言っていたとおり、禍々しい雰囲気だな)


 野営地から山を見上げたときの感想がそれだった。

 瘴気のせいだろうか、草木一本生えていない禿山だ。生命の気配がまったく感じられない。

 まるで、データがそこだけ消去されたあとの「空白」みたいだった。


(明日から、ここを登るのか……)


 少し不安になるが、頼もしい騎士たちと一緒だ。問題ない。


 その後、焚き火を焚いて、食事の用意をする。

 騎士たちは皆手慣れていて、肉を焼くいい匂いが漂ってきた。


「何か手伝いましょうか?」と言ったら、「いいから座っていろ」と言われてしまった。ここでも戦力外だ。


 そもそも、「勇者」と呼ぶから違和感があるんだ。「トドメ係」という称号のほうがよっぽど実情に近い。

 だが、召喚されてすぐに、王様から「トドメ係よ。ルーキス王国へようこそ」なんて言われたら、それはそれで困惑しそうだが……。


 騎士たちの焼いた肉は美味かった。

 後片付けは少し手伝うことができた。


「ケント、大丈夫か?」

「大丈夫ッスよ! キャンプみたいで楽しいし」


 不安を隠し、明るい声で返す。


「まだ初日だからな。明日からは少しきつくなるかもしれないから、今夜はよく寝ておけよ」

「イエッサー!」


 元気に返事をする。

 寝る前に、もう一度結界を張ってもらった。騎士たちは何もしなくても大丈夫なようだ。俺も大丈夫では? という気もするが、ここは慎重にしたほうがいい。


「明日の朝に、また張ろう」

「何度もすみません」

「気にするな。体調を崩すほうが問題だからな」

「はい」


 オーブリーの言うことには素直に従う。それが最善とわかっているから。


 夜の山は異様なほど静かだった。

 虫の声すら聞こえない。

 まるで、山そのものが死んでいるみたいだった。


 不安はあるが、この日ために二ヶ月近くトレーニングを受けてきた。自分でも少しは成長したと思う。

 大丈夫、うまくやれる。早く討伐して姉さんと日本に帰ろう。

 そう心に決めて眠りについた。


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