第10話 勇者、魔の山の現実を知る
翌朝……。
「今日は何時ごろ出発ですか?」
「まず、山に慣れている騎士たちが先発隊として出発する。その状況によるな」
なにしろ、資料が八十年前のものしかない。地形なども変わっているだろうし、目印なんかも消えている可能性が高い。
先発隊が先に入り、ルートを開拓して安全確保をするらしい。
「それほど急ぐ旅ではないから、キャンプできそうな場所が見つかれば、今日はそこで野営になるだろう」
「了解ッス!」
数時間後、先発隊から連絡があった。今日の野営地が決まったから、そこまで登ってこいと言う。
グループに分かれて登るらしい。
「俺たちは最初のグループだ」
「はい」
四人のグループで登る。先頭のリーダーは、ローレンツという二十代後半の騎士だ。山に慣れているらしい。俺がその後に続く。その次がオーブリーで、殿はトゥーレという第一騎士団の騎士。魔法が得意らしい。
勾配はそれほどきつくないが、足元がすごく悪い。一歩踏み出すたびに乾いた土の塊が崩れ、小さな石が転がっていく。気をつけないと後ろの人に当たってしまう。
「浮石には気をつけろ。足を捻る可能性があるし、落石の危険もある」
「はい!」
ひび割れた赤土と、大きな岩だけが目の前に広がっている。草木の生えていない禿山だが、見通しが悪い。
先発隊がルートを確保してくれたが、それは「道」というより「溝」と言ったほうがいいかもしれない。
頭上からは容赦のない直射日光が照りつける。
結界のおかげで暑くはないが、眩しさは感じる。
「結界の中だと、日焼けもしないんですか?」
「日焼けはするな」
赤外線は弾いても、紫外線は通してしまうのだろうか?
結界の仕組みがよくわからない。
マントのフードとサングラスで頭や目は保護しているし、手もグローブをつけているが、顔は出てしまっている。
(姉さんからもらった日焼け止めが役に立ちそうだ)
バッテリーを借りに行ったとき、
「これも持って行って。山は日差しが強いと思うから」
そう言って日焼け止めをくれた。
「ありがとう。でも姉さんは、なくて平気なの」
「この季節だし、UVカットのファンデーションもあるから」
そう言うので、ありがたくもらってきた。
明日からは、顔に塗っておこう。
とは言え、結界にはだいぶ助けられている。
出発前に、個別の結界に加えてグループごとに大きめの結界を張った。
その中では、空気は循環するが砂塵は遮断される。
細かい砂塵が舞い上がったら、きっと鬱陶しかったと思う。
先発隊が付けた目印まで来たところで、次のグループに連絡をして出発してもらう。
これからは下に人がいるので、落石には一層注意が必要だ。
一歩一歩気をつけて歩くのは、かなり疲労する。
後ろを振り向くと、思った以上の斜面で少し足がすくんだ。
普通の登山と違って、景色を楽しむようなこともない。
ただ、ひたすら前へ前へと進むのみ。
(これが毎日続くのか……)
いや、日を追うごとに、さらに過酷になってくるだろう。
空気も薄くなるし、勾配もきつくなる。魔獣が現れるかもしれない。
ここ二ヶ月で鍛えられたとは言え、俺の肉体と精神はもつだろうかと、不安が押し寄せてくる。
やがて、今日の野営地に到着した。身体はくたくただが、実際には三時間ほどしか歩いていない。
足の裏がじんじん痛い。普段使わない筋肉を酷使しているのがわかる。
「何メートルくらい登りましたかね?」
「五百メートルくらいかな」
「たった、それだけ……」
時速に換算したら絶望的な数字だ。
「足場が悪いから仕方ない」
「そうですね……」
このペースだと、半月後には頂上に着くはずだが、高度が上がれば高山病のおそれが出てくる。身体を慣らすために同じ野営地にしばらく滞在することになるだろう。魔獣も増えるだろうから、それも狩らないといけない。
あせって頂上まで行っても、魔獣王が誕生していなければ意味がないのだから、体調を整えながら、ゆっくり登るのがいいのだろう。
俺たちは最初のグループだからかなり早い時間に到着したが、最後のグループが着いたときには陽もだいぶ傾いていた。
焚き火を焚いて、夕食の準備をする。
子どもの頃に参加したキャンプの飯盒炊爨を思い出し、急にカレーが食べたくなってしまった。
(帰ったら、姉さんに作ってもらおう。大盛りで)
空間魔法で運び込んでいるとは言え、禿山なので薪は貴重だ。高度が上がって酸素が薄くなれば、魔導具のコンロを使ったりもするらしい。
だが、やはり今日も騎士の焼いた肉は美味かった。
まだ魔獣が出てくる気配はないので、魔獣肉への挑戦はしばらく先になるかもしれない。
とは言っても、騎士たちは夜も交代で見張りをするようだ。
俺はそれも免除されている。
見張りも、料理も、魔獣討伐も全部免除。
騎士たちが火を囲んで鋭い視線を闇に配っている隣で、俺は寝袋にくるまる。
俺が今できる最大の貢献は、何もしないこと。体力を一滴も無駄にせず、頂上までこの身体を運ぶことだ。
(……そんなの、世界一情けない勇者だ)
でも、その情けなさが、いつか姉さんを日本に帰すための唯一の武器になるんだと、自分に言い聞かせた。




