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第11話 勇者、山の上で文通を始める

 翌日、初めて魔獣に遭遇した。

 最初に気づいたのはオーブリーだった。


「魔獣だ」

「えっ!」


 オーブリーが指さす方を見ると、熊に似た獣がいた。ヒグマよりもさらに大きい。

 先頭のリーダーが他のグループに連絡をし、警戒を促す。


「どうするんです?」

「魔力で遠隔攻撃するには、少し遠いな」

「襲ってきませんかね?」

「今のところ、その様子はないな。こちらから近づくと逃げるかもしれない」


「ここは足場が悪い。警戒しつつ、先に進もう」


 リーダーのその言葉で、俺たちは再び前進した。


 魔獣は山を下ってゆく。そして後続のあるグループに狙いを定めたようだ。

 咆哮しながらグループに襲いかかる。だが、あっけなく騎士に倒されたらしい。


「なんで、俺たちは無視されたんでしょうね?」

「勇者が強そうに見えたんじゃないか?」

「……んなわけないでしょ! 俺のこの、生まれたての小鹿みたいな足取り見て言ってます?」


 オーブリーの冗談に軽口で返したが、正直、背中には嫌な汗をかいていた。

 俺たちのグループは、俺が戦力外だから少し不利だ。

 襲われても他の三人で問題なく片付けられたとは思うが、やはり考えると恐ろしい。


 その晩は、あちこちから魔物の咆哮が聞こえてきて、なかなか寝付けなかった。

 ……今はまだ、騎士たちの背中に隠れている「トドメ係」でいい。でも、頂上に着いた時、俺はあいつらより恐ろしい魔獣王に一人で対峙しなきゃならないんだ。

 脇に置いた聖剣の冷たさが、現実を突きつけてくるようだった。


                ◇◇◇◇◇


 魔獣の出現が増えてきたので、登るペースが落ちてきた。それでも、一週間がたつ頃には高度二千メートルくらいまで登ってきた。


「ここからは、さらに時間をかけて登る。高山病になりやすいからな」

「はい」

「ここには数日滞在するそうだから、ゆっくり身体を休めておけ」

「了解ッス!」


 騎士たちは、交代で魔獣狩りに出るらしい。俺はやることがないので、少し退屈だ。


「手紙って出せるんですよね?」

「ああ、サーヤに書くか?」

「はい」


 姉さんに手紙を書く。心配させないように、魔獣は全部騎士たちが狩ってくれること、キャンプみたいで楽しいということ、結界があるので快適だと言うことを書いて送った。


 翌日、早速返事が来た。今は第一騎士団で働いているようだ。寮のキッチンに一人で行っただけでレオンにものすごく怒られたらしい。「過保護過ぎるよね?」と書いてあったが、それだけ姉さんのことが心配なのだろう。

 俺としては、それくらい過保護でいてくれたほうが安心だ。

 常識の違いに戸惑うことはあっても、うまくやっているらしい。


 俺の身体のことも心配してくれている。早く討伐を終えて安心させてやりたい。


                ◇◇◇◇◇


 三千五百メートル付近に到達した頃、魔導具の灯りで手紙を読んでいたオーブリーが「は?」と声を上げた。手紙を裏返して、何かを確認している。そして、俺にその手紙を差し出した。口元が緩んでいる。


 その手紙はレオンからだった。読んだ俺も思わず笑ってしまった。

 それは、どう見ても恋する少年からのお悩み相談だった。


「サーヤがヘンリクのことを好きらしい。ふと気づくとヘンリクをじっと見つめている。『ああいうのが好きなのか?』と聞いたら、あっさり『そうです』と返された。俺は、好きだと言われたことがないのに」


 そう書いてあった。


 ヘンリクは、確か第一騎士団の書類係だ。今、姉さんと一緒に仕事をしているのだろう。何度か見かけたことがあるが、確かに姉さんの好きそうな美少年だった。


 姉さんの美少年好きは筋金入りだが、あれは目の保養にしているだけだ。恋人にしたいとか、そういうのではないはずだ。


 それにしても、レオンは見かけによらずウブだ。あんなに美形であんなにモテるのに、年若い美少年にヤキモチを焼くなんて。そう言ったら……


「初恋だからな。サーヤに出会ってから少年時代をやり直している」


 オーブリーがそう言った。

 あの顔で初恋とは信じがたいが、たぶん本当なんだろう。

 恋愛初心者に姉さんの攻略は、魔獣王を倒すよりも難易度が高いかもしれない。


 だが、姉さんのことだ。意図的に言っていないわけじゃないと思う。


「好きって言い忘れてるだけですよ、たぶん」


 そう言ったら、オーブリーは頷いて、「じゃあ、そう返してやるか」と言っていた。


 レオンは、姉さんのこととなると、冷静沈着の仮面が外れてしまうのかもしれない。

 『推し活』と『恋愛』の区別もつかず、初恋に翻弄されている。不器用なくらい真っ直ぐな人なんだなと思った。


 俺も姉さんに手紙を書くことにした。

 レオンは姉さんが思ってるより、ずっと余裕ないだろうということ、ちゃんと好きって言ってやらないと伝わらないということ、他の男と仲良くしすぎると機嫌悪くなるだろうから気をつけたほうがいいということなどを書いて送った。


 姉にこんなことをアドバイスする弟というのもどうかと思うけど、姉さんは天然なところがあるから、言われないと気づかないことも多いだろう。

 そういえば、そろそろ姉さんの誕生日だ。おめでとうと書いておこう。

 レオンは姉さんの誕生日を知っているかな? お祝いしてくれるといいけど……。


 姉さんからの返事はすぐに来た。レルナという町に紅葉を見に行ったらしい。楽しんでくれているようでよかった。

 山で魔獣に遭遇したが、レオンがすぐに倒してくれたようだ。さすが最強の騎士だ。そのあたりは信頼できる。

 レオンとはうまくやっているが、美少年鑑賞を理解してもらえないのが困ると書いてある。レオンとぶつかってでも美少年鑑賞は譲れないんだなと思うと、レオンに少し同情してしまった。


 オーブリーにもレオンから手紙がきていた。どうやら姉さんから「好き」と言ってもらえたようだ。やっぱり姉さんは言い忘れていたらしい。それを見抜いていた俺に感心しているらしい。当たり前だ。姉さんの弟を何年やっていると思う?


 姉さんとは仲良くしているみたいだが、ヘンリクのことを完全に納得したわけではないらしい。まだまだ一波乱ありそうだ。


(どうか俺が帰るまで、王都がレオンさんの嫉妬で火の海になっていませんように)


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