第12話 勇者、初めての魔獣戦で死を覚悟する
いつの間にか、五千メートル付近まで登ってきた。ここがベースキャンプになるらしい。
酸素はかなり薄い。酸素を生成できる魔道士もいるが、それも限界がある。
体調を崩した騎士は下の野営地に残してきているので、人数は減っている。
治癒魔法で頭痛などは治まるようだが、無理はしないようにしているらしい。
俺は魔獣も狩らず安静にしているので高山病の症状は出ていないが、少し歩いただけでも息があがる。何もしていなくても、走った後のように心臓が速く打つ。
深呼吸しても肺に空気が入ってこない感じだ。
魔獣狩りをしている騎士たちは大変だと思う。
魔獣の肉は食べてみた。普通に美味かった。これなら食糧の心配はしなくて済みそうだ。
しかし、魔獣を狩るだけでなく解体までできるとは、騎士とは本当にすごい人たちだ。日本で言えば、自衛隊のようなものだろうか。
ただ、乾燥しているせいか、すごく喉が渇く。水魔法が使える魔道士がいるのは本当にありがたい。唇もひび割れてきているので、姉さんにリップクリームを貸してもらえばよかったかもしれない。
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ある夜、寝ていると警報が鳴った。
身体が重い。頭もぼんやりする。だが、警報を聞いた瞬間、一気に眠気が吹き飛んだ。
魔獣の群れが現れたらしい。
見ると、牛に似た魔獣の群れが俺たちを囲んでいた。乳牛ではなく、闘牛で見るような牛だ。ただ、大きさは二回りくらい大きいし、角が異様に長い。
名前を聞いたが覚えにくくて、『ウシ』と呼んでいたらオーブリーもそう呼ぶようになっていた。
ちなみに、熊に似た魔獣は『クマ』と呼んでいる。
それにしても、すごい数だ。騎士の数より多いんじゃないだろうか。
「ケント! 俺の後ろにいろ! 絶対に離れるな!」
「剣は抜いておいたほうがいいですか?」
「そうだな。いざというときは、それで戦え!」
ひぇっ! 剣術の練習は人間相手にしかしたことがない。魔獣相手にはどうやって戦えばいいのだろう?
俺の心配をよそに、騎士たちは次々と魔獣を倒していく。だが……
「ケント! 後ろだ!」
誰かがそう叫んだ。見ると、巨大な『ウシ』がこちらを睨んでいた。暗闇の中、目がギラギラと光っている。
次の瞬間、岩を砕くような蹄の音を響かせながら突進してきた。手の空いている騎士はいないようだ。
(終わった……。姉さん、ごめん。俺、帰れそうもないや)
心の中で姉さんに謝った。
俺の腕力では、運よく剣が当たったとしても、一回くらいじゃ魔獣を倒せるわけがない……。魔獣より先に俺の力が尽きるだろう。
だが、飛びかかってきた魔獣に夢中で振り下ろした聖剣は、驚くほど手応えがなかった。
硬い毛皮も、強靭な筋肉も、まるで存在しないかのように刃が吸い込まれていく。
(熱したナイフでバターを切るみたいだ……)
……ドサリ、という重苦しい音がして、眼の前で魔獣が物言わぬ肉の塊に変わった。
他の魔獣も騎士たちにあらかた倒されたようだ。オーブリーが言う。
「ケント、やったな! お前が魔獣を倒したんだ」
「あんな一回で倒せるんですか? 魔力も載せていないのに……」
「それは聖剣だからな。魔力を載せた剣なんかより、よっぽど強力だ。魔獣王にトドメを刺せるくらいだからな」
そういうもんなのか……。俺はすごいものを預かっているんだな。騎士たちにすれば歯がゆいだろう。そんな聖剣をド素人の俺に託すのは……。
俺が鞘から抜いた聖剣を他の騎士に預けたんじゃダメなんだろうかと試してみたことがあったけれど、他の騎士が抜き身の聖剣に触ろうとすると、はじかれるような感覚があって触れられないと言っていた。
なんにせよ、命があってよかった。俺がここで死んでたら、魔獣王も討伐できない。
だが、高度のせいもあって、心臓のバクバクがなかなか収まらない。
手も震えている。
こんなに大きい動物の命を奪ってしまった。
人間じゃない。魔獣だ。それでも、「生き物を斬った」感触だけは消えなかった。
この先も、こんなことがたびたび起きるのだろうか? 俺の心身はもつだろうか……。
再び寝袋にくるまるが、なかなか寝付けなかった。
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翌朝……。
「今日は一日安静にしておけ」
オーブリーにそう言われたので、素直に従うことにした。
今日は魔獣もほとんど現れなかったので、騎士たちも少しは休めたようだ。
体調の戻った騎士たちも登ってきて合流し始めた。
昼食には、昨夜狩った魔獣の肉が出された。その肉を、俺は黙って口に運んだ。
生き物を斬った生々しい感触を、胃の中に閉じ込めて、自分の血肉に変える。
そうしなければ、奪った命に対して申し訳が立たない気がした。
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出発した頃に比べると、日が暮れるのがだいぶ早くなってきた。
夕食をとりながら遠くを眺めると、ほのかな灯りが見える。
「あのへんが王都ですかね?」
「そうだろうな」
日本で見るきらびやかな夜景とはだいぶ違う。指先で隠れてしまうほど小さい。
それでも、あそこに姉さんたちがいるんだと思うと、つながっている気がして安心できた。




