第13話 勇者、最終決戦に挑む
いつの間にか、新しい年が明けていた。
「この野営地、だいぶ長くいますよね」
「これより上は、酸素が薄くてあまり長くいられないからな。人数を絞って、結界の中に酸素を供給してもらうことになると思う」
「アタック隊ってやつですか?」
「そんな感じかな」
俺とオーブリーは確実にメンバー入りだ。あとは、酸素や結界、空間魔法担当の魔道士か。騎士は団長を含め精鋭の中から選ばれるだろう。総勢十数人てとこかな?
こうなってくると、やはり一人でいろいろな魔法が使えるレオンのような人は貴重だと思う。
姉さんとは何度も手紙をやり取りしている。
レオンとは仲良くやっているようで、あちこちに遊びに出かけているらしい。
もちろん、俺のことも気にかけていてくれて、「私ばっかり遊んでいてごめんね」なんて書いてくるけれど、姉さんには楽しく暮らしていてほしい。戦うのは俺だけでいい。
俺は、強がりしか書かない。魔獣に襲われたことも書いていない。そんなことをありのままに書いたところで、姉さんを不安にさせるだけだから……。
「ケント、明日はいよいよ出発だ」
「魔獣王は?」
「いつ生まれてもおかしくないらしい」
アタック隊が発表された。総勢十五名だ。魔道士たちも攻撃魔法を使えるから、それだけいれば十分に弱らせることができる見込みだと言う。
酸素を作れる魔道士が三人なので、アタック隊はさらに三グループに分けられた。
翌日から、頂上を目指して少しずつ登ってゆく。
六千メートル付近にしばらく滞在するらしい。ゆっくり登ってきたし、酸素が供給されているので、体調はそれほど悪くない。
それでも、平地と同じというわけにはいかず、少し話すだけで息が切れる。そのため、どうしても無口になってしまう。
やがて、魔獣王が生まれたという知らせが届いた。いよいよ、頂上を目指して出発だ。
とは言え、ここからの傾斜はこれまでと比べようもないくらいきつい。もはや直立して歩くことはできず、四つん這いになり、岩の角に指をかけ、しがみつくようにして体を押し上げる。掴んだ岩が「ミシリ」と嫌な音を立てて外れ、心臓が跳ねる。
腰に結んだ安全ロープが張るたび、心臓が縮み上がる。
それでも何とか頂上付近にたどり着いた。そこで見たものは、あまりにも恐ろしい魔獣王の姿だった。
毛並みは剥き出しの岩肌と同じ黒褐色で、その体躯は恐ろしく巨大だ。呼吸するだけで空気が震える。
何より異様なのは、その瞳だった。真っ赤な二つの光が、俺たち討伐隊をじっと見据えている。獲物を狙う肉食獣の殺気ではない。ただ、自分の庭に迷い込んだ「異物」を排除しようとしているように見えた。
山の一部が動き出したかのような巨体に比べて、俺の持つ聖剣はあまりに細く、頼りないように見える。
(本当に、これでトドメを刺せるんだろうか……)
そんな俺の不安をよそに、騎士たちが、剣に魔力を載せて遠隔攻撃をする。魔道士が魔法で攻撃をする。一斉攻撃を受けて、魔獣王はひるんでいる。俺は……見学だ。
ふと思い出し、スマホを取り出した。動画を撮影する。あとで騎士たちに見せてやろう。SNSに上げたらバズるかもしれないな。いや、フェイクだと思われるか……なんて思いながら。ほとんど現実逃避だ。
どれくらい時間が経ったのかわからない。十分か、十五分か……その頃には、魔獣王の動きは明らかに鈍っていた。
オーブリーが戻ってきた。
「ケント、そろそろ出番だぞ。準備はいいか?」
「はい、いつでも!」
「それを貸せ。『写真』を撮ってやる」
「えっ! ホントに?」
オーブリーとは何度か写真を撮りあったので、使い方は知っている。スマホをオーブリーに預けて魔獣王に向かう。
「それじゃ、行ってきます!」
「おお、がんばれ!」
魔獣王はすでに横たわっている。だが、恐ろしく大きい。あの身体に乗って、首筋に聖剣を突き立てなければならない。
(乗った途端に動き出したら……?)
そんな考えが頭をよぎる。
足が震える。でも、やらなければならない。
姉さんの顔が浮かんだ。
魔獣王の身体はピクピクと震えている。だが、死んではいない。俺が聖剣を突き立てない限り、死ぬことはないのだから……。
勢いをつけて魔獣王の身体に飛び乗った。
掴んだ毛並みは針のように硬く、グローブを切り裂く。
そのまま、頭の方に歩いていく。
赤い瞳が俺を見据える。目が合った。怖い……。
突然、魔獣王が身体を捩り、俺は振り落とされた。
岩場に背中から落ち、視界がチカチカと明滅する。衝撃で肺の空気が全部出た。
一瞬、姉さんの顔が遠のき、真っ暗な意識に沈みそうになる。死を覚悟した。
「ケント! 大丈夫か!?」
オーブリーの叫び声で、かろうじて意識を繋ぎ止めた。
……ここで終わるわけにはいかない。姉さんに「ただいま」を言わなければ。
騎士たちが再び攻撃する。魔獣王は再び大人しくなった。
俺はまたその身体に飛び乗った。今度は一気に首元まで進む。
聖剣を抜く。そして……
その生命の根源へと突き立てた。力の限り、深く……。
絶叫が轟く。空気が爆ぜ、鼓膜が痛いほどに震えた。
長いその咆哮が止むと、魔獣王はぴくりとも動かなくなった。
力が抜けていく魔獣王の背で、俺はただ、自分の荒い呼吸の音だけを聞いていた。
突き立てた聖剣を抜く。
(……終わった、のか?)
情けないが、手も足も震えていた。それでも、妙な達成感があった。
駆け寄ってくる騎士たちの歓声が、まるで水底から聞こえてくるような、遠い響きに聞こえる。
「ケント! よくやった!」
「お前は真の勇者だ!」
皆が笑って、俺の肩を叩いている。温かいはずの手のひらが、なぜか冷たい無機質な何かに感じられる。
俺は今、本当に生きているんだろうか? 振り落とされたときに、死んだのではないか?
何もかもが、現実のものとは思えない。
呆然としていると、オーブリーが近寄ってきて抱きしめてくれた。
その体温を感じて初めて、生きていることを信じられた。
「ケント、とても勇敢だったぞ」
「俺、ちゃんとやれました?」
「ああ、本当によくやった。お前は俺の誇りだ」
その言葉を聞いて、涙が滲んだ。
よかった。これで帰れる。姉さんのところへ……。




