第14話 勇者、ついに帰還する
魔獣王を倒したときには、すでに太陽が傾き、夕闇が迫っていた。
暗い中を下りるのは危険なので、明日、陽が昇ってから下山することになった。
結界を張り、空間魔法で野営道具や食糧を持ち歩けるから可能なことだろう。そうでなければ、頂上で予定外の一泊など自殺行為だったはずだ。
翌朝、疲労した身体を無理やり動かし、急な岩場を下り始める。昨日の登りとは比較にならないほどの恐怖が襲ってきた。
トドメ係が終わっても、まだこんな試練が残されていたとは……。
足元から数百メートル下まで切れ落ちた垂直の岩壁が、否応なしに視界へ飛び込んでくる。とても前を向いては下りられない。背中を谷側に向け、岩肌にしがみつくようにして、死角になる足場を爪先で一歩ずつ探る。
すでに体力を使い果たした肉体は悲鳴を上げていた。
集中力が途切れると膝がガクガクと震える。一瞬でもバランスを崩せば、そのまま奈落の底へ滑落するだろう。
(ここで死ぬことはできない)
感覚の消えかけた指先で必死に岩を掴み、ただ生き残るためだけに、一歩一歩に全神経を集中させた。
終わりのないような下降は、思っていたよりも遥かに時間を要し、千メートルも下りないうちに、もう一泊することになった。
翌日は傾斜が緩くなり、下山もかなり楽にはなったが、ベースキャンプに辿り着いたときには陽が沈みかけていた。
俺の肉体は限界に近づいていた。だが、酸素はまだだいぶ薄いはずなのに、呼吸はかなり楽になっていた。
ベースキャンプに残っていたみんなは、俺たちが戻ったことを喜んでくれた。
討伐成功で、皆お祝い気分だが、屈強な騎士たちでもここで酒を飲む気にはなれないらしい。
魔獣肉と水で乾杯した。
オーブリーに、レオンから手紙が届いていたようだ。
「討伐が終わったら四人でどこか遠出をしないかと書いてあるぞ」
「いいですね! どんなとこかな?」
「二人は温泉が気に入ったらしい。俺の実家の領地だな」
「温泉いいな! 行きたいッス!」
「じゃあ、そう返事をしておくよ」
オーブリーは早速返事を書いていたようだ。
討伐成功の知らせと同時に届くだろう。
今日はもうダニエラが帰ってしまっただろうから、王都に広まるのは明日だな。姉さん、喜んでくれるだろうか……。
◇◇◇◇◇
とは言え、帰りも魔獣を狩りながら帰るので、王都に着くのはまだだいぶ先になるらしい。
俺はトドメ係も無事に終わって気が楽になったので、忙しい騎士たちのために食事係でもやろうと思う。
魔獣の解体は無理だが、肉を焼くくらいならできるだろう。料理ができる男はポイント高いしな。そのうち何かの役に立つかもしれない。
魔獣王は倒しても魔獣はまだたくさん残っていた。これを狩り残すと里へ下りてきて被害をもたらすので、すべて狩り尽くすくらいの勢いでやるらしい。
結局、麓に下りたときは、討伐から二週間近くがたっていた。
明日はいよいよ王都に到着だ。
◇◇◇◇◇
皆、早く王都に帰りたいのか、日の出直後には全員が起きていた。
レオとも久しぶりの再会だ。俺のことを覚えてくれているか心配だったが、首筋を撫でてやると鼻を擦り寄せてきた。どうやら覚えてくれていたみたいだ。
王都には昼前に着いた。大勢の人が出迎えに来てくれていた。城門で姉さんを探す。
(いた!)
やっぱり来てくれていた。レオから降りて姉さんのところへ向かう。
「姉さん、ただいま!」
そう言うと、姉さんが駆け寄ってきて、抱きしめられた。
「お疲れ様、賢斗。……よく頑張ったわね。本当に、よく……」
そう言って涙ぐむ。本当に心配してくれていたんだとわかる。
照れくさかったけど、俺も姉さんを抱きしめ返した。
すると、姉さんの後ろにいるレオンが渋い顔をしていた。
(まさか、この人、弟にまで妬いてる?)
もしそうなら、余裕がなさすぎだと思う。
姉さんに、「ケントのマント、ぼろぼろね」と言われた。
オーブリーにも「魔法で修復してやる」って言われたけど、これは戦いの証だからこのままにしておくつもりだ。
久しぶりに食堂の料理を食べたくて、姉さんたちをランチに誘った。
オーブリーにも声をかけて、四人で食堂に向かった。




