第6話 勇者、切り札を切る
テラスに戻ると、さっきの令嬢と中年の男性がいる。
「アデリーナ嬢の父親のヴィスカルディ侯爵だ」
オーブリーがそう耳打ちする。
「娘とのことは、そのお嬢さんが祖国に戻られてから考えてくれればいいから」
「何度も言いますが、アデリーナ嬢と結婚する気はありません」
「レオン様は異国の方に誘惑されて、正しい判断ができなくなっているのですわ!」
令嬢が叫んだ。
誘惑だと? 何を言ってるんだ。姉さんが誘惑なんかするわけないじゃないか!
「それは聞き捨てならないな」
思わず割り込む。
「姉さんが誘惑なんかしなくたってさ、一緒にいれば惚れるのは当たり前だろ。……姉さん、いい女なんだから」
「これは勇者殿。今のは娘の言葉の綾ですよ。レオン君をとても慕っているので」
「綾でなどありませんわ。レオン様はその方に惑わされているのです。魅了の魔術でも使っているのではないですか!?」
そこまで言うか、この令嬢は! ならば、俺も遠慮しないぜ。
「おいおい、姉さんも俺も魔術なんか使えないよ。お嬢さん、嫌がってる相手につきまとうの、俺たちの国じゃ犯罪なんだよ」
「犯罪者だ、犯罪者」と言うと、「それは言い過ぎでは?」と侯爵が言うが、言い過ぎはどっちだって話だ。
そのうち、見物人が集まってきた。
よし、ここで一発、君たちの立場をわからせてやろう。異界の勇者に頼るしかない君たちの立場をな!
「大体さぁ、俺たちこの国に何の義理もないのに、突然呼ばれて討伐しろとか言われても困るんだよ」
当然の言い分だろ?
「乗りかかった船だからと思って、言われるままに剣の稽古して、討伐にも行こうって腹くくったけどさ。でも……」
見物人に向かって高らかに宣言する!
「姉さんのこと虐めるなら俺、討伐行くのやめるよ!?」
やめるよ、やめるよ、やめるよ……。テラスにこだまが響いた。
(……こっちは夏休みを返上して、見知らぬ魔物と戦う羽目になってるんだ。姉さんの安全も保証できないような国に、命を張る義理なんて一切ない)
この切り札は利いたようだ。
一瞬の沈黙ののち、見物人のざわめきが広がった。
……討伐をやめる。
その意味を、この国の人間なら誰でも理解している。
「侯爵はなぜ勇者を怒らせているんだ?」
「勇者の姉を虐めるとは?」
「あの令嬢はレオン様に熱を上げているから……」
よし! 侯爵たちに非難が集まってきた。
この国にとって俺は唯一の希望。その希望が「ストライキ」を宣言したんだ。
戸惑う貴族たちを見て、少しだけ溜飲が下がった。
「虐めてなどいませんよ」
侯爵が慌てて言うが、説得力はない。
「だったら、なんでレオンさんは、姉さんを守る体勢をとってるんです? それに暴力は物理的なものに限らないからな。言葉の暴力だってあるんだよ!」
そんなことは……と言い淀む侯爵に追い打ちをかける。
「侯爵様だっけ? そのお嬢さんを今後一切姉さんに近づけないって約束してくれるかな?」
「ああ、約束する」
「約束破ったら、討伐やめて帰ってくるからな」
これで、遠征中は姉さんに手出ししないだろう。
遠征中も手紙のやり取りくらいはできるから、姉さんに何かあれば、俺はその場で山を下りてやる。
「それと、お嬢様。これは言わないでおこうかと思ったけど、教えてやるよ」
レオンが言っていたままを伝えてやる。
「レオンさん、あんたのこと『自分のことを俺の婚約者だと思い込んでる頭のおかしい女』って言ってたよ。嫌われてるの、いい加減自覚しなよ。自分を嫌ってる相手と無理やり結婚したって、幸せになんかなれないよ」
(今の、俺の人生で一番性格悪いセリフだったかもしれない。でも後悔は微塵もない)
「……聞こえただろう」
レオンも静かに言う。
「それが俺の答えだ」
令嬢がわっと泣き出した。よっぽどショックだったのかもしれないが、知ったこっちゃない。
「姉さん、行こう」
姉さんの手をとって歩き出す。レオンも反対側から姉さんを守っている。
モーセが降臨したかのように、見物人たちが道を開けた。
本当は少し怖かった。
でも、姉さんを侮辱されて黙っていられなかった。
王宮を出たところで、一応レオンに謝っておく。
「ごめん、最後余計なこと言っちゃったかも。あんまり腹立ったからさ」
「いや、構わない。実は俺もスッキリした」
顔を見合わせて苦笑した。
さっきの様子を見て、レオンはちゃんと姉さんを守ってくれるだろうと確信できたが、やはり一度きちんと頼んでおこう。
「レオンさん、俺のいない間、姉さんのこと本当に頼みますね。危険な国ではないってわかってはいるけど、さっきの令嬢みたいのが刃傷沙汰を起こさないとも限らないからさ」
レオンは「わかった」と言うと、姉さんの前に出て剣を渡し、右膝をついた。
「サーヤ、剣を俺の肩に当てて、正式に護衛騎士に任命してくれ」
姉さんがレオンを護衛騎士に任命する。
「レオン・カレスティア。あなたを私の護衛騎士に任じます。あなたは私の剣、私の盾。力を尽くして私を守る騎士となりなさい」
レオンが胸に手を当てて誓う。
「サーヤ殿、私、レオン・カレスティアは、あなたの剣となり盾となり、命と名誉をかけてあなたをお守りすることを誓います」
騎士が命と名誉をかけて守ると誓った。
この男は、きっと本当にそうするだろう。
姉さんを思う気持ちは本物だと思う。
きっと、姉さんも……。
それなら俺は、何も言うことはない。
◇◇◇◇◇
騎士宿舎の前で別れた姉さんとレオンを見送りながら、オーブリーがぽつりと言った。
「ケントは知っていたんだな、レオンの気持ち」
「そりゃぁねー。あれで気づかないほど鈍くないッスよ」
きっと、本人が自覚するより前に気づいていたと思う。
「姉さんのこと好きになっちゃうの、仕方ないんですよ。ああいう人だから」
姉さんは、いい女だからな。
「むしろ、そのほうが安心なんです。……命がけで守るでしょ、あの人」
オーブリーは答えず、ただ静かに頷いた。
「それにしても、騎士の誓いはかっこよかったな~」
そう言うと、オーブリーがふと思い出したように言った。
「サーヤの髪飾りを見たか?」
「ああ、綺麗でしたね。すごく目を引いた。もしかして、レオンさんからの贈り物かな」
「間違いなくそうだろうな。あれはレオンの瞳の色だろう? この国では、自分のシンボルカラーの装飾品を贈るのは、深い愛情を示すとされているんだ」
「へぇ……」
「太陽石がふんだんに使われていたろう? あれは、この国で一番高価な宝石だ。相当に価値の高いものだと思う」
「それだけ、気持ちが強いってことッスか?」
「そうだろうな……」
「姉さん、それ知ってるかな?」
「どうだろう? 明日こっそり教えてやるか」
「そうですね」
そうか、そこまで姉さんのことを思っているんだ。
それなら安心だ……。




