第2話 勇者、馬にもなめられる
翌日……。
午前中は筋トレとランニングだ。
オーブリーが俺に合ったメニューを作ってくれたので、あまり無理をせずにすんだ。
教育係に選ばれるだけあって、オーブリーはとても優秀だ。
それに面倒見がいい。どんな質問にも面倒がらず答えてくれるし、うまくできなくても馬鹿にしたりせず、励ましてくれる。
(姉さんも好きだけど、こんな兄貴も欲しかったな)
素直にそう思った。
昼食後は剣術の指導を受けた。
騎士と打ち合っていると、姉さんが見ているのに気づいた。
相手の騎士に合図をして、姉さんのもとに駆け寄る。
「姉さん、元気? 何か困ったりしてない?」
「大丈夫よ。レオンさんがよく面倒みてくれるし、ちゃんと守ってくれてるから」
「それならいいけど……」
(姉さんがそう言うのなら、護衛はちゃんと仕事してくれてるんだろう。任せておいて大丈夫かな……)
少し話をした後、稽古に戻る。
「それじゃ、まだ稽古があるから行くね。また見に来てくれよ。レオンさん、姉をよろしく!」
無愛想な男だが、一応頷いてくれた。
「オーブリーさん、『姉の護衛には最も強い人を』って言ったらレオンさんが指名されたんですけど、ほんとにあの人が最強なんスか?」
「そうだなぁ、剣術だけなら団長たちも強いが、同年代の騎士たちの中ではダントツだな。冷静で頭もいいし、力も強いし、人外と言っていいかもしれない」
「人外スか……」
「使える魔法も多いし、魔力量も桁違いだ」
「……すごいッスね」
(設定盛りすぎじゃね?)
「この国では身分も武器だしな」
「公爵家でしたっけ」
「そうだ。ケント、姉上のことはレオンに任せておいて大丈夫だと思うぞ」
「……そうッスね」
(オーブリーさんが言うなら、そうなんだろうな)
それにしても、オーブリーだって十分すごいと思うのに、そのオーブリーから『人外』と言われるレオンって、何者だよ。魔王か?
シューベルトの名曲が頭の中を流れた……。
(お父さん お父さん 魔王が今 姉さんを掴んで 連れてゆく……)
+++++
剣術の稽古の後は、馬に乗る練習をした。
「こいつがケントの相棒になる。レオという名前だ」
「姉さんの護衛の名前と似てますね」
(名前が似てると性格も似てるだろうか……)
「馬は初心者だとわかるとマウントをとるからな」
「えっ。まるっきり初心者ですけど、どうすれば……?」
「堂々としていろ。それと、迷うな。馬に『こいつ不安だな』と思われたら終わりだ」
指示の仕方を教えてもらう。なんとか言うことを聞いてもらえるようだ。
「それじゃ、外に出てみるか。森まで行って帰ってこよう」
城門から出て城下町を通り、森への道を進む。だが……
「イテッ!」
レオは平然と低い枝の下をくぐっていく。
馬上の高さに慣れていない俺は反応が遅れ、顔に枝を食らった。
(少しは俺のことも考えてくれよ)
そうかと思うと、急に道の脇の草を食べ始める。これがほんとの道草か……。
「オーブリーさん、こいつ道草を……」
「片側の手綱を少し開いてみろ。顔を上げさせるんだ」
手綱を引くと、顔を上げるが、振り向いて肩越しにこちらをじっと見つめ、また草を食べだす。
(完全にバカにされている気がする……)
「左右の手綱を交互に引いてみたらどうか? それから、脚で腹を圧迫して前進の合図をしろ」
なんとか道草をやめさせ、歩き始めたが、前方に大きな水たまりがあった。
オーブリーの馬は水たまりを迂回して歩くが、レオはバシャバシャと水たまりに入っていく。そして、あろうことか、楽しそうに前脚で水を跳ね上げる。
俺はその泥水をまともに浴びた。
(……絶対わざとだろ)
「レオは耳を後ろに向けてるな。あまり機嫌は良くなさそうだ」
「俺も機嫌悪いですけど……」
「それが伝わるんじゃないか?」
「そッスか……」
「まあ、時間をかけて信頼関係を築くんだな」
馬にまでなめられる勇者か……。情けなくて涙が出てくる。
森の入口まで来たので休憩する。
「どうすれば仲良くなれますかね?」
「やさしく話しかけて、首筋をなでてやれ」
言われたとおりに、やってみる。
「レオ、しばらく相棒になるんだから、よろしくな」
レオは少し目を細めた。
「耳の力が抜けたな。リラックスしているみたいだぞ。」
「そッスか。帰りは少しマシになるかな?」
少しは信頼してくれたのか、帰りは水たまりに入らなかったし、道草もほとんど食わなかった。
厩舎でレオの世話をして、今日の訓練は終わった。だが……。
「オーブリーさん、股関節とか内腿とかお尻とか、すげー痛いんですけど」
「慣れないとそうなるな。徐々に慣れるから、がんばれ!」
身体を酷使しすぎだと思う。
「俺、討伐に行くまで生きていられますかね……?」
夕食時、またオーブリーに弱音を吐いてしまった。
「大丈夫だ。新人騎士も最初はそんな感じだからな。ケントはよくやっているほうだと思うぞ」
「ホントですか?」
「ああ、本当だ。たくさん食べて、体力つけろよ」
「はい!」
言われなくても腹が減って仕方がないので、大量の料理を皿に載せた。
この世界の食事が美味くてよかった。
(でも、この程度でへばってたら、本番なんて到底無理だよな……)
食事を終えて部屋に戻り、シャワーを浴びる。
ここはテレビもなければネットもない。読書もできないので、やることがまったくない。
(姉さんの部屋に遊びに行こうかな……)
ふと、そんな考えが頭をよぎるが、今、姉さんに会ったら絶対に弱音を吐いてしまう。そんな気がして思いとどまった。




