第1話 勇者、まさかの戦力外通告
翌朝……。
オーブリーが迎えにきて、食堂に連れて行ってくれた。毎食無料で食べられるらしい。
食堂には食べたことのないような料理がたくさんあるが、どれも味はよかった。
姉は口に合わないと食べないから心配だと言ったら、護衛に伝えておくと言ってくれた。
(あの護衛……、ほんとに気にかけてくれるのかな)
話をしていないので人柄がわからない。
朝食後、オーブリーから勇者教育について説明を受けた。
「まず、聖剣を鞘から抜けるかどうかを試してもらう。この国の騎士は一応全員試したんだが、誰も抜けなかった」
「抜けなかったら帰れます?」
抜けなかったらいいなぁと思いながら、台座に突き刺さった聖剣に手をかける。
その瞬間……。
カチリ、という金属音が響き、剣が白銀の光を放った。
周囲の空気が一瞬、張り詰めた。手に吸い付くような感覚がある。
「……え?」
重みを感じさせず、剣は滑らかに鞘から滑り出た。
「抜けたな。……ケント、お前が本当に、この国を救う『勇者』なんだ」
オーブリーの真剣な眼差しに、初めて自分が背負わされたものの重さを実感した。
(……これ、冗談じゃ済まないやつだ)
失敗すれば、命はないかもしれない。
(そしたら、姉さん泣かせることになっちゃうな。いや、そうならないように、がんばろう)
教育内容を尋ねると、基礎的なトレーニングのほか、剣術と乗馬の訓練が必要だと言われた。
剣道なら少しだけ心得があるが、剣術はまた別物らしい。
馬は魔の山の麓まで行くときに乗るだけらしいから、それほど難しくはないだろう。
(全速力で走れとか、障害物を飛べ、とかいうんじゃなくてよかった)
勇者の装備一式も支給された。騎士とほぼ同じだが、マントの色が銀色だ。
汚れそうな色だと言ったら、洗浄魔法をかけてやると言われた。なんと、この国では魔法が使えるらしい。俺はまったく使えないのに、魔獣王と戦えるのだろうか……。だが、
「騎士が攻撃して弱らせるから、ケントはトドメを刺すだけでいい」
聖剣でないと、トドメは刺せないらしい。
トドメを刺すだけならなんとかなるかな? そう簡単ではない気もするが……。
「魔の山て、どんなとこッスか?」
「北方にある山で、高さは七千メートルほどだ」
富士山の倍近い。富士山すら登ったことがないのに、大丈夫だろうか……。
「高山病になりませんかね?」
「時間をかけて登るから大丈夫だろう。途中で魔獣を狩ったりもするし、かなり長期の遠征になるが」
「俺、寒いの苦手なんですけど……」
「それは大丈夫だ。結界を張るからな。寒さはほとんど感じないと思うぞ」
さすが魔法の国だ。寒くないなら、高山病にだけ気をつければよさそうだ。
「俺も、魔獣狩れるようになりますかね?」
「それは全部騎士がやるから大丈夫だ。ケントは基本的に魔獣王のトドメだけでいい」
勇者は『戦力外』だった。
「それで、基礎的なトレーニングはどんなことを?」
「筋トレとかランニングとかだな。ちょっと服を脱げ」
「えっ!?」
反射的に胸を隠す。
(いや何で脱がされるんだよ!?)
「筋肉の状態を見るだけだ」
「あ、そッスか。びっくりした」
言われたとおり、上半身裸になる。
「引き締まってはいるが細いな。まだ鍛える必要がある」
「オーブリーさんの筋肉も見せてくださいよ」
そう言うと、オーブリーも上半身裸になった。鍛え上げられた身体だった。文句なしにすごい。
「うわ、ガチだ……」
オーブリーの大胸筋に触らせてもらった。力を入れると硬く盛り上がる。力を抜いても奥に筋肉があるのがわかる。
「これが騎士か……」
「長年鍛えているからな。ここまでとは言わないが、ケントもがんばれ」
「了解ッス!」
(この機会に、鍛えて帰るか! 神隠しに遭って、天狗に鍛えられたって言ったらみんな信じるかな……?)
その後、第二騎士団の騎士たちに紹介してもらった。
マティアス団長は、がっしりとした、いかにも騎士といった人で、頼りがいがありそうだ。
俺は百八十センチを超えていて日本ではかなり長身な方だが、騎士たちは皆、同等以上の身長だ。筋肉については比べようもない……。
皆とても親切そうだが、一部に「本当にこれが勇者?」というような視線を感じるのは、気のせいだろうか?
とは言え、体育会系によくあるシゴキはなさそうなので安心した。
運動神経には自信があるほうだったが、まずストレッチでつまずいた。オーブリーに背中をぐいぐい押されて悲鳴をあげてしまった。
「ケント、お前、身体が硬すぎる……」
「はい……」
「身体が硬いと怪我をしやすいぞ」
「はい……」
「まあ、継続してやれば、討伐に出る頃にはだいぶ柔らかくなるだろう」
「がんばります……」
ランニングは何とかなるかと思ったが、オーブリーの持久力は半端なかった……。
マラソン選手かよっていうくらい、ハイペースで走り続けていた。
俺は……途中で脱落した……。
腕立て伏せや腹筋なども、とてもじゃないけど騎士たちのようにはできない。
(騎士って、すげー)
それが素直な感想だ。俺が『勇者』を名乗っていいのか……自信がなくなってきた。
(俺、本当に必要なのかな)
簡単な剣術の指導も受けたが、これが一番まともだったかもしれない。聖剣はかなり重いが、慣れればなんとかなりそうな感じだった。
夕食前には、すでにくたくたになっていた……。
「はぁ~疲れた。毎日これって、身体もつかな……」
夕食を食べながら、つい弱音が出た。
「大丈夫だろう。ケントはなかなか見どころがあるぞ。素質は十分だ」
(とても、そうは思えないが……)
「それならいいけど……がんばるしかないか!」
「ああ、期待しているぞ!」
「ところで、姉さんの護衛騎士、すっごい美形でしたね」
「あぁ、レオンか。『ルーキスの太陽』なんて呼ばれていてな、ものすごくモテるぞ。だが、そのせいで女嫌いだ……ほとんど例外なく」
(あの容姿なら相当な遊び人かと思ったけど、女嫌いなのか。姉さんにちょっかい出されるよりはいいけど……てか、『ルーキスの太陽』って何だよ? あんな氷みたいな目をしているのに。『ルーキスの氷塊』の間違いじゃね?)
「女嫌いに護衛されて、姉さん平気かな? いじめられたりしないですかね?」
「それはないな。任務はきっちりこなす男だ」
(それならいいか。あの人、ワイルド系だから、姉さんの好みではなさそうだしな)
「…………ケントは姉上のことが本当に心配なようだな」
「まぁ、俺のせいで巻き込んじゃったし……。それに……俺、姉さん大好きなんで!」
「そ、そうか。姉弟が仲良いのはいいことだな」
なお、その発言は数日後には「勇者は重度の姉好き」という形で騎士団全体に共有されることになる。




