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プロローグ: 勇者召喚、姉同伴

「姉さん、そろそろかな?」

「そうね。また迎えに行くの?」

「当然だろ」

「相変わらず過保護ね」


 呆れたような母の言葉には返事をせず、賢斗(けんと)は姉の沙弥(さや)にメッセージを打ち始めた。


『あとどれくらい? 駅まで迎えに行くよ。動かないで待ってて』


 すぐに返事が返る。


『あと二十分くらいよ』


 松林賢斗は十九歳の大学生。地元の国立大学で経済学を学んでいる。

 姉の沙弥は二十五歳。都内の外資系企業で秘書として働いている。今回は混雑するお盆を避け、少し遅めの夏休みを取って一週間ほどの帰省予定だ。


 年の離れた姉は、子どもの頃から自分をとても可愛がってくれた。そんな姉のことが大好きだ。

 周りからは「シスコン」と言われるし、女友だちは多いのに彼女ができないのもそのせいかもしれないが、そんなことはまったく気にならなかった。


 姉に会うのはゴールデンウィークぶりだ。東京に就職してしまったので、年に数回しか会えない。


(秘書なら父さんの会社ですればいいのに……)


 父が地元で会社を経営しているのでそう思ってしまうが、優秀な姉は、東京で自分の能力を試してみたかったのだろう。

 実際、入社数年で重役秘書に抜擢されていた。

 少し天然なところもあるが、自慢の姉だ。


「それじゃ、行ってくるね」


 母に声をかけて姉を迎えに行く。

 駅について、ほどなくすると、姉の乗った電車が到着した。


「姉さん、おかえり!」

「ただいま!」


 姉の笑顔を見るとほっとする。


 重そうな旅行バッグを奪い取って、自宅までの道を歩き始めた。

 途中には薄暗い路地がある。こんなところを姉一人で歩かせるわけにはいかない。

 その路地に入った瞬間、妙に空気が冷えたように感じた。


(何か変だな……)


 そう思ったとき、ふと、足元の空間が歪んだ気がした。平衡感覚を失いそうになる。

 そして突然、周りに光の柱が立った。地面には円形の魔法陣のような模様が浮き出ている。


「何これ……」

「魔法陣?……」


 姉に腕を掴まれる。俺は無意識に姉を抱き寄せた。


                ◇◇◇◇◇


 ……ってなわけで、俺は今、ルーキス王国の騎士団宿舎にいる。


 さっきまで夏休みを満喫していた俺が、なぜこんなところにいるのか。その経緯をダイジェストでお届けしよう。


 路地で光の柱に包まれた直後、俺と姉さんはヴェルサイユ宮殿の大広間のようなところに立っていた。

 なんだか落ち着かないところだった。

 光がキラキラしすぎて目がおかしくなりそうだし、装飾も豪華すぎて、「ミニマリズム」というものを教えてやりたくなった。


 俺と姉さんが呆然としていると、「王様」という人に紹介された。名前も聞いたが、一回では覚えられなかった。その「王様」が俺に言った。


「勇者よ。ルーキス王国へようこそ。名は何という?」


 勇者とは俺のことか? それにルーキス王国なんて、聞いたことない。どこの異世界だよ。

 そう思ったが、マジでここは異世界だった。

 異世界召喚なんてアニメの中だけの話だと思っていたが、どうやら自分の身に現実に起きているらしい。

 とても信じがたいが、置かれている状況から見て信じるしかない。


 王の従弟の国務大臣が詳しい説明をしてくれた。要約すると……


「魔の山に化け物の親玉が湧きそうだから倒してくれ」


 ということらしい。


 いや、ソシャゲイベントみたいに言うなって感じだけど……。


 なんでも、その魔獣王とかいうやつを倒すのに必要な聖剣を扱えるのが、召喚された勇者、つまり俺だけらしい。


「突然このような状況に巻き込まれて困惑するのも当然だが、ぜひともご協力いただきたい」


 そう言って深々と頭を下げられてしまった。

 俺は勇者なんて柄ではないし、急にそんな役目を押し付けられても困る。

 だが、来てしまった以上、やるしかないんだろうな。……めんどくせー!


 討伐が終われば日本に帰れるようだが、技術的な問題で、俺と姉さんが二人とも帰るためには、討伐が終わるまで姉さんも滞在しなければならないらしい。


 ちなみに、前代の勇者のときは、帰す技術がなくて元の世界に帰せなかったそうだ。


 姉さんは巻き込まれてしまったようだ。ずっと一緒にいてくれるのは心強いけど……俺のせいで申し訳ないな。

 一度に子どもが二人ともいなくなって、両親もどんだけ心配することか……。


 姉さんとは手を繋いでいたが、ときどきその手が震えているように感じた。

 落ち着いているように見せていたが、やっぱり不安なんだろうと思った。


 俺は剣術の稽古など討伐の準備をしないといけないが、姉さんは自由に過ごしていいらしい。案内役を兼ねて護衛をつけてくれるというので、注文をつけた。


「姉にはこの国で一番強い人を付けてくださいね!」


 ここは譲れない。姉さんを守る人間は最強でなければならない。

 その要求は受け入れられ、長身の若い男が呼ばれてやってきた。

 現れた瞬間、その場の空気が変わった気がした。


 レオン・カレスティアというその男は、第一騎士団所属の騎士で、公爵である国務大臣の息子だと言う。

 やたらと『圧』が強い。確かに強そうではある。

 だが、彫刻みたいに整った顔なのに、金色の瞳が氷のように冷たい。こんな無愛想な男に姉さんは怯えたりしないだろうか……心配になった。


 俺の教育係は、黒いマントの第二騎士団所属のオーブリー・ブライヤールという騎士だ。侯爵家子息らしい。こちらもイケメンだが、レオンよりはやさしそうな雰囲気だ。


 その後、宿舎に案内されることになったわけだが、俺には騎士団の宿舎、姉さんには職員寮を割り当てると言う。


「俺、姉さんと同じ部屋がいいんですけど」


 そう言ってみたが、「二人部屋はない」と即却下された。

 せめて同じ宿舎に……と思ったが、男ばかりの騎士団の宿舎に姉さんを置いておくのも心配だ。職員寮はフロアが男女別だそうだから、まだマシかもしれない。


 姉さんは「……大丈夫よ」と言っていたが、あまり大丈夫な顔じゃなかった。

 護衛がきちんと面倒見てくれるといいけど、あの仏頂面が本当にきちんと面倒を見てくれるのか、不安だ……。


 なんにせよ、俺にできることは、できるだけ早く討伐を終わらせることだ。

 そして、一日も早く姉さんと一緒に日本に帰る。


 俺の教育係のオーブリーはとても親切だった。部屋まで案内してくれた後、


「もろもろ説明は明日行うから、今日はゆっくり休め。この国のために、すまないな……」


 と謝ってくれた。


「お前だけが頼りなんだ。頼む」


 そう言われてしまえば、やるしかない。


 そして今、ベッドに寝転んでそんなことを考えているうちに、眠くなってきた。

 こんな状況でも眠れそうな俺、意外と図太いのかもしれない……。


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