第21話 勇者、侯爵邸で恋愛修羅場を見せつけられる
その後、ジョスランから討伐の様子を聞かれた。
「ほんとに、俺は全然大したことしてないんです。魔獣王にトドメを刺しただけで、魔獣の討伐も、食事の用意も、すべて騎士たちがやってくれたので」
「でも、ケントは一度魔獣を倒していたじゃないか。群れに襲われたときに」
「あれは、たまたまです。あのときは、もう生きて帰れないと思って、心の中で姉さんに謝ってました」
「えっ! そんなことがあったの?」
「姉さん、心配すると思って手紙には書かなかったんだ」
俺がそう言うと、姉さんはちょっと泣きそうな顔をしてた。
「でも、その一回だけだよ。あとは全部騎士たちがやってくれたから」
「やっぱり、聞いていたよりずっと大変だったのね。それなのに、全部賢斗に押し付けて……」
やっぱり、自分も勇者だったことを気にしているのかもしれない。
「もう、それは言わないで。勇者は俺。それでいいだろう?」
「俺も、そう思うぞ。ケントは本当によくやっていたからな」
オーブリーもそう言っていた。夫妻は、何のことだろうというように首をかしげていた。
討伐の話題が一段落したとき、夫人が姉さんに尋ねた。
「サーヤさんは……レオン様と恋人同士、でいらっしゃるのですよね?」
「はい」
姉さんは、少し憂鬱そうな顔をしている。するとオーブリーが釘を差した。
「義姉上、サーヤはそのことで令嬢たちからひどく虐められて、少しトラウマになっているんです。あまり踏み込まないでいただけると」
だが、
「虐めたりしませんわ。ただ……あの難攻不落のレオン様を、どのようにして射止めたのか、気になっただけですの」
この話題をやめる気はないようだ。
姉さんが答える前に……。
「俺のほうが先に好きになったんです」
レオンが言い切った。
夫妻は二人とも驚いていた。
その後は主にレオンが質問に答えていた。ここでもやっぱり矢面に立とうとしているのか。だが、オーブリーから「いつ頃から好きだったんだ?」と問われて……。
「おそらく七日目くらいには」
「早いな」
「ただ、自覚はなかった。後から分析したら、それくらいだったとわかった」
「どんな分析?」
「それまでの自分では、ありえない行動をとっていた」
「たとえば?」
「サーヤに一緒に寝るよう誘われて、従った」
その言葉に驚いた俺は、ワインにむせた。
「姉さん、大胆だな」
ちょっと冷たい目で見てしまった。
「違うの!」
どうやら、自分だけマントの上に寝ているのが申し訳なくて、レオンにもこちらに来たらどうかと言ったらしい。それならまだ理解できなくはない。
「ケント、安心しろ。サーヤは、三分後には寝ていた」
「姉さん、寝るの早いからな」
「俺は……少しだけ傷ついた」
「信用してたんです!」
「だが……悪くないと思った」
「そうなんだ」
「新種の生物を発見した気分だった」
レオンは、姉さんを褒めてるんだか貶しているんだか、よくわからない。たぶん、本人は褒めてるつもりでいるんだろうけど。
……そして。
「二度と会えなくなる日がくるのかと思ったら……胸が痛くなった。それで『君が好きだ』と言った」
しんみりと言う。やはり、自分が姉さんのことを好きだとなかなか自覚できていなかったらしい。
姉さんは目を伏せている。言われたときのことを思い出しているのかもしれない。
だが、
「受け入れてはくれたが、『好きだ』とは言ってくれなかった」
これはよくない兆候だ。
「だから、それは……!」
姉さんが弁解しようとしたが、被せ気味に言う。
「他の男には言うのに」
レオンは、まだ根に持っていたようだ。だが、この場で暴露されるのは姉さんが可哀想だと思う。
姉さんが、「助けて」と言うように視線を向けてきた。
「うちの姉さん、言葉が足りないだけなんです」
期待に応えて俺がフォローに入ることにした。
「言ってなかっただけで、ちゃんと好きだったんだよね?」
「……そうよ、もちろん」
「ほら」
これで収まるかと思ったが……。
「納得はしている。だが、ときどき不安になる」
「えっ」
「俺はサーヤの好みではないと言うからな」
それも言ってしまうか。
「好みの男の方へ行くのではないかと」
「そんなことはありません!」
姉さんが慌てて反論する。
「だが、君は俺のことを……『無駄に見た目のよい馬鹿者』と言っただろう?」
破壊力の高すぎる言葉に……沈黙が場を支配した。
夫妻は目を丸くしている。
「見た目がよくても好みではないから『無駄』なのだろう?」
姉さんは、そんなことを言っていたのか。もう、俺にもかばえない……。
「……姉さん?」
「あれは、その……すごく怒っていたときで……」
(姉さん、怒るとそこまで言うのか……)
「姉さん?」
「……言い過ぎました」
とても小さな声でそう言った。だが、
「いや、気にしていない」
レオンはあっさり言う。
「むしろ新鮮だった」
そう言っているレオンの顔は、本当にどこか嬉しそうで、清々しさすら感じる。
「私の国では、あまり『好き』と口に出さないことも多いんです」
姉さんが話題を変えようとしている。
「そうよね? 賢斗」
ここは乗ってやるしかない。
「俺は恋愛経験ないけど、まあそんな感じかも」
「恋愛経験がないのですか?」
夫人が興味を持ったらしい。姉さんが「助かった」という顔をしている。
「ありません」
事実なので、きっぱり答えた。
「賢斗は人気者なのに、なぜか彼女はできないのよね」
「ケントは『姉さん、姉さん』と言いすぎだからではないか?」
オーブリーが指摘する。
「それはあると思います」
それは俺も自覚している。
「でも、姉さん以上に好きになれる人じゃないと意味がないので」
そう言うと、場がまた静かになる。どうやら呆れられてしまったようだ。
姉だけじゃなく弟もおかしいのかと思われたかもしれない。でも、本当にそう思っているのだから仕方がない。
「それは無理だな!」
レオンに断言された。
「そんな相手は現れない」
「ですよね」
俺もそんな気がしている。
「でも最近……姉さんを好きな気持ちでレオンさんに負けてる気がするんです」
「その点は譲らない」
レオンは絶対的に自信があるようだ。さすが最強の騎士!
「だが……サーヤの性癖の理解では、まだ賢斗に及ばないな」
「だから性癖って言わないでください!!」
俺が答える前に姉さんが叫んだ。
……再び場が静まり返ったが、数秒後、夫人が楽しげに言った。
「……なるほど。とてもよくわかりましたわ」
何がわかったのか、よくわからないが、誰も突っ込むことはできなかった。
帰り道、姉さんはくたくたになっているように見えた。
「……疲れた」
「楽しかったけどな」
「楽しかったですけど! もう二度とあの話題は嫌です」
それは、そうだろう。バレンタインデーのときもそうだったが、レオンはスイッチが入ると何を言い出すかわからないところがある。
「……すごい場所でしたね。自分がすごく場違いに思えて……」
姉さんがしみじみと言う。俺も、その気持ちはよくわかる。騎士団で一緒に過ごしていたときは思わなかったが、オーブリーはまったく違う世界の人なんだなと思った。
「やっぱり、私とレオンさんでは不釣り合いかもしれないって……」
姉さんがそう思ってしまうのも無理はない。だが、
「気にするな。それを気にしないのが、サーヤのいいところだ」
レオンは決して揺るがない。それでも姉さんは、完全に納得しているようには見えなかった。




