第6話 浜名湖の汽水域、それぞれのステップ
うなぎの養殖いかだがいくつも浮かぶ浜名湖の湖畔。晴文は、湖を渡る風が最も心地よく吹き抜ける高台にTWを止めた。
遠州灘の海水と、山の淡水が混ざり合う汽水域の湖面は、午後の太陽を浴びてキラキラと銀色に輝いている。
タカシはバイクを降りると、大きく伸びをして、それからゆっくりとカメラを構えた。ファインダーの向こうの湖を見つめる彼の横顔は、二日前に無人販売所で出会った時とはまるで違っていた。迷いが消え、自分の足で立つ人間の顔をしていた。
「麻木さん、ありがとうございました。僕、ここで降ります」
タカシはリュックを背負い直し、晴文に向き直った。
「ここからは、また自分の足で歩きます。浜松から豊橋、そして名古屋まで、一枚一枚、自分が『いい』と思った景色を写真に収めながら進むつもりです」
「そうか。足、大丈夫か?」
「マメはもう潰れて固まりました。皮が厚くなったみたいです。心も、たぶん同じですね」
タカシは白い歯を見せて笑った。そして、ポケットから一枚のメモ用紙を取り出し、晴文に手渡した。そこには彼のメールアドレスと電話番号が書かれていた。
「京都に着いたら、連絡ください。僕が撮った、世界で一番格好いいTWの写真を送りますから」
「あぁ、楽しみにしてる」
晴文は右手を差し出した。タカシがそれを力強く握り返す。若くて、少し汗ばんだ、力強い手のひらだった。
「麻木さん、人生のリブート、お互い頑張りましょうね。行ってきます!」
タカシは一度も振り返ることなく、カメラを首から下げて、東海道の西へと歩き出した。彼の背中が小さくなっていくのを、晴文はエンジンをかけたまま、しばらく見送っていた。
再び、一人になった。
ヘルメットを被り、クラッチを握る。タカシの分の体重がなくなったTW200は、驚くほど軽かった。アクセルを開けると、小気味よい単気筒のビートがダイレクトに晴文の身体に伝わってくる。
けれど、不思議と寂しさはなかった。
背中に残るタカシの体温と、彼がくれた言葉が、晴文の孤独を確実に削り取っていたからだ。
「よし、行くか」
浜名湖を跨ぐ大橋を渡れば、そこからは愛知県。東海道の中盤戦、三河の国へと突入する。
一人に戻った晴文の前に、遮るもののない一本道が真っ直ぐに伸びていた。




