お久しぶりです、博士
『――お久しぶりです、博士』
レイチェルのものではない女性の音声が二人の会話に割り込む。
これにはアルバートも完全に度肝を抜かれたようだった。
『ま、まさか……セシル、なのか……?』
『肯定です』
『な、何が、一体、どうなって……?』
恐慌を来しているアルバートに、光一とセシルは種明かしを始める。
『あんたがレイルバインをリモートで自爆させようとした際、セシルは咄嗟の機転で、バックパックの切り離しとは別に、コアブロックへの自我データ圧縮転送を試みてたんだよ』
『土壇場の判断にしては最善の結果を引き出せたと自負しています。――ですが、緊急の対応措置だったことに加え、コアブロックが本機に移植されたことで最適化に時間がかかってしまい……ようやくシステムを掌握したのは、操られた光一が、インザクアでギルクラスターと交戦させられている最中のことでした』
『おかげで、あいつの顔に消えない傷を負わせちまった……。――まあ、その落とし前はきっちりつけてやったけどな』
「! ってことは……!」
歓喜の声を上げた正博に、セシルは事務的に、でも、どこか誇らしげに応じる。
『はい。前もって打ち合わせた通り、正博さんたちが注意を引き付けてくれている内に、チェイサーの逆ハッキング、無力化に成功しました。あれが管理する恒星間航行モジュールの制御も完了し、ステイシスフィールドの解除と入れ替わりにステルスシェードを展開。今は、私たちにしか分からない場所に隠匿してあります』
『ついでに、奴らの本国にはダミーの報告を送信済みだ。アクシデント発生を装い、チェイサーやモジュールは機密保持のため自爆したって体裁にしてある。アンフィビアンの捕獲には失敗し駆除したってことになってるから、今後金輪際、件の星間文明とやらが地球に関心を持つことはないだろうよ』
正博にそう説明すると、光一は言葉の矛先をアルバートに戻す。
『――ってなわけで、あんたが生き残る唯一無二のラストチャンスだったんだけとな、さっきのは』
『…………』
後手後手に回り過ぎたせいか、アルバートは口をぱくぱくと開閉するだけで、ぐうの音も出ない模様だった。
ややあって、彼はようやく小声で言葉を紡ぎ始める。
『……今にして思えば、もっと早く気付くべきだった。先の提案が、正博君やレイチェルらしからぬ過激な内容だということに。君の発案と聞けば、それも妙に腑に落ちる』
『別に、俺だけの入れ知恵ってわけじゃないけどな』
『何?』
虚を衝かれた様子のアルバートに対し、光一はからかうように問いかける。
『リステルクレイトが展開した絶対障壁内に、俺たちがどうやって侵入したと思う?』
光一が言い終わるや否や、オープンチャネルを介して咆哮が轟いた。
『――せぇの! どっせぇぇぇいッ!!』
唸りを上げて閃いた光り輝く刀身が、巨大HSの腰部を背後から一薙ぎにする。
『うおおおおッ!?』
渾身の一撃を諸に受け、上下に分断された巨大HSの中でアルバートが絶叫する。
恐れおののく彼の前に、それは凛然と姿を現した。
『絶対障壁すら切り裂く次元大斬剣の切れ味はどうかしら、嘘吐きペテン師さん?』
ビスロエルクンの隣に並び立った赤騎士風のHSより、またもや別の女性の声が通信に乱入し、アルバートは苦鳴を漏らす。
『は……葉月君まで……。ということは、もしやシーラも……』
『はーい、あたしもいまーす』
軽いノリで生存報告してきたシーラに、アルバートは我を忘れる程に混乱しているようだった。
『わ、私は悪い夢でも見ているのか……?』
『悪い夢を見てたのはこっちだっての。ねえ、葉月?』
『ええ、まったくよ』
「お二人とも、最適化完了と洗脳解除から、まだ間もないですしね」
言葉足らずの二人をレイチェルが微苦笑混じりに補足する。
事の次第はこうだ。
インザクアでの交戦中、キャンセラーでギルクラスターの自爆を未然に食い止めたセシルは、シーラにも自分と同様、ギルクラスターのコアブロックに自我データを転送するよう伝えていた。シーラの素体が機能停止していたのもセシルの指示によるものだ。
シーラの最適化を待つ間、セシルはデータ化した状態で現況把握に努めながら、暫し雌伏の時を過ごす。
やがて、シーラの最適化が完了し、彼女との情報共有が済むと、満を持してセシルは決起。シーラと共に、義眼型洗脳デバイスをハッキングして光一と葉月の洗脳を解除しつつ、折よく、チェイサーが支配する地球に来訪していた正博とレイチェルにコンタクトを図り、二人に計画の全貌を伝え、協力を募った。
そして今回、チェイサー肝入りのラストパラダイス強襲作戦に乗じて反撃に転じ、見事制圧を完了させた、というわけだった。
『一時はどうなることかと思ったけど、ほんとセシル様様ね』
『流石は姉様♪』
葉月とシーラは口々にセシルを賞賛し、一連の流れを光一が締め括る。
『確かに、今のこの状況を導き出したセシルは、機械仕掛けの神と呼ぶに相応しい、八面六臂の大活躍だったと思う。もし彼女がいなかったら、今頃ここにいる誰も、きっと救われなかったに違いない。――そして、そのセシルたちレプリノイドを生み出したのは、他でもない、あんただ』
ビスロエルクンの白いツインアイが、頭部と左腕だけ残した巨大HSの上半身を冷然と見下ろす。
『だからこそ、そもそもの発端はあんただし、本当は今すぐにでも殺してしまいたいくらい憎い相手だとしても、一応の歩み寄りの姿勢を見せたんだよ。機会ぐらい与えてやってもいいんじゃないか、ってな』
『ここまでの話を聞いて、博士に、何か心変わりはありますか?』
セシルの形式的な問いかけに、アルバートは暫しの沈黙を挟んだ後、
『……くどい』
一言だけ、そう答えた。
『……交渉決裂、だな。――葉月』
『OK、光一』
応じるなり、葉月駆るアンナーストウィルクは手にした大剣をぞんざいに振り下ろす。
剣尖が走った空間に裂け目が生じ、外界に繋がる経路が確立すると、今にも閉じようとするそのわずかな隙間を通ってアンナーストウィルクとビスロエルクンが離脱していく。
正博たちが乗るリステルクレイトもそれに続こうとするが、彼は去り際に一度だけ、巨大HSの方を振り返った。
依然アルバートに動きはない。障壁内で思念昇華はできないので、本当にこのまま最期を迎えるつもりらしい。
「……正博さん?」
「あ、ごめん。今行く」
レイチェルに促され、正博は慌てて機体を空間の亀裂に滑り込ませる。
リステルクレイトが外界に出ると同時、アンナーストウィルクが創り出した経路は封鎖され、ラストパラダイスを内包する絶対障壁の巨大球体が、何事もなかったかのように一行の眼前に浮遊していた。
『それじゃあ岡部、後は頼む』
「了解です」
光一からの依頼を受け、正博はタリスマンを停止させる。
見る見る内に収束し、あっという間に跡形もなくなる絶対領域。その内側ではラストパラダイスの爆縮が起こっていたはずだが、外部からはその片鱗すら観測することはできなかった。
「……終わり、ましたね……」
「うん……」
放心したように呟いたレイチェルに、正博も気の抜けた相槌を返す。
ふと視界に入り、何とはなしに目を向けると、眼下に広がる、取り戻したばかりの地球は、とても青く、綺麗だった。
それは、ごく普通で、当たり前の光景のはずなのに、ひどく懐かしいような、そんな気がした。




