謎のメッセージ
「「……?」」
一応、目の動きだけで反応を示した二人に、チェイサーは続ける。
『私の代わりに、あなたたちがラストパラダイスと呼ぶ人工天体に赴き、アンフィビアンの捕獲をお願いしたいのです。というのも、私自らが作戦を遂行するにあたり、現在この星に展開しているステイシスフィールドを解除しなければならないため、万が一の場合に全てがご破算になるリスクが懸念事項としてあります。光一さんや葉月さんを向かわせることも検討しましたが、先日の海の次元断層での試験運用結果から、現状の二人には繊細さが問われる作戦行動は不向きだと判断しました』
そう言って、チェイサーは正博の目を正視する。
『正確を期すためにも、可能であれば、現在準備を進めている新型――単独で絶対障壁の展開が可能なリステルクレイトによる制圧を試みたいと考えています。もし、ご協力いただけるのであれば、今すぐにでもヴァームラウスのコアブロックをリステルクレイトに移植する作業に着手したいと思うのですが、ご返答はいかに?』
「……そもそも、拒否権なんてあるの?」
投げやりな正博の問いに、チェイサーは次のように返す。
『ご協力いただけない場合は、残念ですが、あなたにも精神制御を施し、光一さんや葉月さんと共に、アンフィビアンの注意を引くための囮として精々有効活用させてもらう予定です』
「ほらね。初めから選択の余地なんてありゃしな――」
「――わたしが行きます」
正博のぼやきを遮るように、突としてレイチェルが口を開いた。
「囮役なら、わたし一人で十分です。だから、他のお三方は、もう解放してあげてください。これ以上、皆さんを苦しめないで……」
「レイチェル……」
自己を犠牲にし、決死の覚悟を見せるレイチェルに対し、正博は瞠目し、チェイサーは酷薄な反応を返す。
『……お言葉ですが、あなたは自動人形ですよね? 生体エネルギーのないあなたでは、リステルクレイトに搭載している領域展開用ユニット〝タリスマン〟を起動することはできません。結局のところ捨て石の役目しか担えず、生還の見込みも限りなく低いですが、それでもよろしいのですか?』
「構いません」
そう言って、チェイサーの前に進み出ようとしたレイチェルの肩を、引き留めるように正博が掴む。
「ダメだよ、レイチェル」
「正博さん……」
正博は庇うようにレイチェルの前に立つと、キッとチェイサーを睨め付ける。
「……僕が協力すれば、みんな生き残れて、君の望みも叶うんだよね?」
『肯定です。その確率は大幅に向上します』
「なら、やるよ」
『結構。商談成立ですね』
チェイサーは満足そうにツインアイを忙しなく明滅させる。
『それでは早速私は作業に取り掛かります。あなたたちには部屋を用意しますので、準備が整うまでの間、しばしお寛ぎください。部屋には情報端末も備え付けてありますので、何か調べたいことがあれば自由に使っていただいて問題ありません。なお、自他共に危害を加えるような動きが観測された場合、この施設周辺に働いているステイシスフィールド除外フィルターの対象から外れ、一切の身動きが取れなくなってしまいます。妙な考えは起こさない方が賢明です』
言いたいことだけ一方的に言い残して、チェイサーはその場を去って行った。
その後ろ姿をじっと睨み据えていた正博の手を、レイチェルがそっと握る。
「正博さん、よかったのですか……?」
「前に言ったでしょ? 僕は、君にも辛い目に遭って欲しくないし、君を犠牲にして自分だけ生き残りたいなんて、これっぽっちも思っちゃいない。僕自身が、君を必要としているんだ」
正博はレイチェルの手を握り返し、自信なげにはにかんでみせる。
「だから、みんなで、生きて帰ろうよ」
「……はい!」
レイチェルは満面の笑みを咲かせると、正博の肩に、自身の頭を預けるように乗せた。
※
貸し与えられた部屋に戻った正博とレイチェルは、やることがなく手持ち無沙汰だったこともあり、抵抗を感じつつも件の情報端末に触れてみることにした。
特別行動を制限されているわけではなかったが、ここまで乗ってきたヴァームラウスは既にチェイサーの管理下にあり、絶賛コアブロック取り出し中のスクラップ状態という見る影もない有り様で。
精神制御への影響を警戒してか、光一と葉月が各々の機体から降りてくることはなく、彼らに接触を図ることもどうやら難しそうだった。
用意された情報端末は、ご丁寧にも地球の各種言語に合わせてローカライズされており、英語が苦手な正博でも問題なく使用することができた。
と言っても、概ねの情報は既にチェイサーによって開示されており、目新しいものは特になかったが、その中で唯一気になった情報が、本物のアルバート博士を始めとしたファルシオン一家にまつわる来歴だった。
アンフィビアンの来襲と、彼らによる地球人のアブダクトに逸早く気付いた稀代の天才科学者アルバート・ファルシオン。
しかし、当時の地球の科学技術ではアンフィビアンに対抗する術はないと確信したアルバート博士は、アンフィビアンが望むもの――即ち、生体エネルギーがとりわけ豊富な十代の子どもを進んで差し出すことで、束の間の時間稼ぎと、地球人という種の当面の存続を図ろうとした。
そして、各国支援の下、世界中から生贄の子供たちをかき集める悪魔の所業に従事したのが、彼の実の娘たちである、本物のファルシオン三姉妹だった。データを見る限り、実際の彼女たちの年齢はいずれも20歳を優に超えていたが、そのファーストネームとルックスから、レプリノイドのモデルが彼女たちであることは火を見るよりも明らかだと言えた。
そんなこんなで、アンフィビアンに子どもたちを引き渡す仲介役を担っていた彼ら一家だったが、チェイサーが地球で活動を開始して以降の顛末については、残念ながら一片たりとも記されていなかった。
ここからは憶測になるが、地球に反旗を翻されたと思ったアンフィビアンは、交渉役だったファルシオン一家を奸賊として見限ったのだろう。もしかしたら、天才的な頭脳に利用価値を見出されたアルバート博士の本体は――レプリノイドの博士が発言したように――今もコールドスリープの最中にあるのかもしれないが、三人の娘たちに関しては他の人間同様、とっくに生体エネルギーのストックとして消費されたと見て間違いないと思われた。
やがて、次元断層の調査を進める内に、障壁内では思念体を維持できないという特性や、生体エネルギーの壁――仮死状態、あるいは精神制御中は生体エネルギーを最大限に引き出せない――にぶち当たったアンフィビアンは、何も知らない光一たちを解放者として目覚めさせ、偽りの歴史と目的を与えて手駒として利用することを画策し、そのパートナーとして等身大の理解者であるレプリノイドを用意したのかもしれない。
(もし、レイチェルたちレプリノイドが僕たちの完全な味方じゃなく、博士の忠実な操り人形だったとしたら、今頃どうなっていただろう?)
オーランドの一件からも分かるように、一つの次元断層攻略につき、解放者とレプリノイドの一組が使い捨ての廃棄処分を前提としていたことは最早自明だ。
余計な知識を持たせて敵に利用される危険性を回避するためか、はたまた自分たち解放者に不要な情報や疑念を与えないためか、それとも単に、次元断層の核を道連れにするための特攻兵器扱いでしかなかったのか。
(いずれにしろ、今よりろくでもない状況にしかなってなかったろうな)
そんなことを思いながら、正博が端末を操作しているレイチェルの横顔をぼんやり眺めていると、その視線に気付いた彼女が、調べ物の手を止めて正博に向き直る。
「どうかしましたか?」
「ううん、別に何も。レイチェルがレイチェルで本当によかったなって思って」
「ふふ……何ですか、それ。おかしな正博さん」
レイチェルは心底おかしそうに口元を綻ばせる。その可憐な笑顔が、正博の荒んだ気分を幾分和ませてくれた。
「……あら?」
端末のモニターに視線を戻したレイチェルが、何かを目に留めた様子で小さく声を漏らす。
「どうしたの?」
「い、いえ、それが……」
いやに困惑した様子で、レイチェルは再度正博を振り返った。
「……画面上に、わたし宛てのメッセージの受信通知が、ポップアップされているんです……」




