ようやく合点がいきました
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
先刻のショックも冷めやらぬ内に、思わず正博は突っ込みを入れていた。
「地球人を非人道的だなんだってこき下ろしてた癖に、何だか言ってることが矛盾してない? 自分たちの目的のために地球を利用しようとしてる時点で、あんたたちもほとんど同類じゃないか!」
『申し訳ありませんが、既にこの星は我々にとって、同じ宇宙に生きる同胞とは見なされておりません。あなたたちの価値基準に照らし合わせるとすれば、家畜も同然です。あなたたちは家畜に対し道義を説くのですか?』
「好き勝手言って……そんなの傲慢じゃないか!」
いきり立つ正博を歯牙にもかけず、チェイサーは素知らぬ顔で話を戻す。
『先の方針転換に伴い、私がこの星に展開した次元断層には、本国で用いた絶対障壁と異なり、意図的に細工が施されています』
「細工だって?」
『はい。思念体の侵入を拒み、昇華を阻害する働きこそ変わりませんが、一定のアプローチを踏むことで外部からの物理的な干渉が可能、かつ、内部に力場を発生させている核――つまり弱点が存在し、それを破壊すれば次元断層の解除が可能な仕組みとなっているのです』
「まさか、それもあなたたちの仕込みだって言うのですか?」
レイチェルの問いかけに対し、チェイサーは肯定の意を示す。
『そうです。これは、手も足も出せなかった本国の絶対障壁と違い、この星の防壁は頑張れば突破可能だという希望――幻想と言い換えてもよいですね――そうした前向きな動機をアンフィビアンに抱かせ、この星から撤退させることなく総力戦を挑ませるための心理誘導と偽装工作を兼ねています。次元断層を複層構成にしたのも同じ理由です。この星の技術の未熟性を演出しつつ、本国の絶対障壁との関連性を薄める意図があります』
「そんな手の込んだ下準備に、一体何の意味が……?」
真意を測りかねる正博に、チェイサーはどこか小馬鹿にするように頭を振ってみせる。
『分かりませんか? アンフィビアンを倒すにしろ、捕縛するにしろ、まずはその居場所を特定しなければなりません。その唯一絶対の好機こそ、奴らが実体化しているタイミングなのですが、奴らもそれを十分理解しているので、なかなか人前に姿を晒すことはありません』
「……なるほど、そういうことですか」
何やら得心した様子でレイチェルがおもむろに口を開く。
「敢えて地球を餌にすることで、逆にアンフィビアンの拠点であるラストパラダイスを、彼らを一所に留めるための檻に見立てたんですね。彼らが逃げないように、そして、居場所を特定できるように」
『ご名答です』
軽く手を叩く挙動見せつつ、チェイサーは話を続ける。
『事前調査により、この星の人間がアンフィビアンに供した子どもの数はおおよそ把握できていました。後は、奴らがこの星を諦めて放棄しないよう、次元断層にわざとセキュリティホールを残し、奴らが欲しい情報を適宜収集させ、奴らのエネルギーストックが枯渇する時を、入念に準備を進めながら待ち続け――そして遂に、奴らはこちらの思惑通り、こうして行動を起こしたというわけです』
チェイサーは大仰に両腕を広げ、これまでの機械的な所作から一転して高揚した風に高笑いする。
『奴らのエネルギーストックは既に枯渇寸前。最早一刻の猶予もないはずですが、奴らは奴らで今頃勝利を確信していることでしょう。最後の次元断層さえ取り除けば、今度こそ自分たちの天下だと。その時が、奴らの最期になるとも知らずに』
「……は、はは……なんだよ、それ」
乾いた笑みを浮かべながら、正博は掠れた声を絞り出すのが精一杯だった。
「なら、僕たちは、一体何のために……」
これまで救い出そうとしていた人類は、何も知らない自分たちを身代わりとして差し出した、言わば裏切り者で。
そんな連中を助けるために命を懸けようとしていたなんて、とんだ茶番だった。
挙げ句、アンフィビアンやチェイサーといった第三者に騙され、利用され、捨て駒のように扱われ。
その仕打ちの先に待っているのが、こんなやり切れない悪夢のような現実だとか、冗談ではなかった。
「一つ、いいですか?」
打ちひしがれる正博に代わり、レイチェルが何時になく挑発的な質疑を行う。
「生体エネルギーを持たない機械の分際で地球全体を次元断層で覆えるのであれば、最初からラストパラダイスそのものを絶対障壁で囲ってしまえばよかったのでは?」
『なかなかよい指摘ですね。根幹の話を急ぐあまり、枝葉の説明が不十分でした。結論から述べると、それはできなかったのです』
チェイサーは対話の相手を正博からレイチェルに切り替えて解説を継続する。
『先程、この星を覆う次元断層を構築したのは私、と言いましたが、それに必要なエネルギー自体は、この星の住民から供給してもらっています。通常であれば本国と同様、現地で有志を募り、彼らに提供してもらった生体エネルギーを用いて結界を展開するのですが、今回はそのケースを適用できなかったため、未開の星を助ける場合と同じプロセスを踏んでいます』
そう言って、チェイサーは結界の外に広がる白の世界を指し示す。
『そのプロセスとは、私が乗ってきた恒星間航行モジュールに搭載されているステイシスフィールド発生機で星全体を包み込み、限りなく緩やかな時の中で生きる住民全体から少しずつ生体エネルギーを供給してもらう、というものです』
「ステイシスフィールド……それが、この白い景色の理由なのですね」
『我々の人型機動兵器――呼称を統一するため、あなたたちの命名にちなんでHSとしておきましょうか――それを模倣したあなたたちなら既にご存じだと思いますが、仮死状態の知的生命体から生体エネルギーを抽出することはできません。それゆえ、ステイシスフィールドの運用モードは時間凍結ではなく時間遅延としています。この処置により一個の知的生命体から得られる生体エネルギーは微々たるものですが、その点は数で補っている形ですね。何せ、この星には100億に近い原住民がいるので』
日本だけで見ても――総人口を一億だと仮定して――一億人全員がたった一円募金するだけでも一億円という巨額の大金になる。
これは乱暴な例えだが、要は塵も積もれば山となる、という理屈をチェイサーは捏ねているわけだ。
『ステイシスフィールドが解けた後も、星の住民は何が起こったか知覚することはない……知らない間にノンストレスで厄介事が片付いているという、現地人にとっては何ともスマートでエコな救済と言えます。――まあ、それはさておき、このステイシスフィールドにしろ、絶対障壁や次元断層にしても、実は仕様上ネックとなる制約があったりします』
「制約?」
『はい。それは、エネルギー供給源を基点に力場が発生するという仕組みです。詰まる所、対象の懐に飛び込んでシステムを発動しなければならない、というわけですね。私たち追跡機構の存在をアンフィビアンに知られるわけにはいかない以上、我々が最終目的を達成するためには、生体エネルギー源と領域展開手段の双方を敵中枢に送り込む必要があるのです』
「なるほど、それで……。ようやく合点がいきました」
レイチェルは静かに吐息すると、チェイサーの双眸をじっと見据える。
「――だからこそ、あなたは、捕らえた光一さんや葉月さんを何らかの方法で支配下に置き、自らの手駒として利用しているのですね」




