ずっと、わたしたちを騙してたんですね……?
「おお、これは……!」
ラストパラダイスの展望室で一人地球を静観していたアルバートは、目の前で起きた珍事に身を乗り出して声を上げた。
これまで地球を覆い隠していた橙色の皮膜が弾けるように一瞬で消え失せ、それと入れ替わる形で、積年恋焦がれた青き水の星が、その美しい表層を露出している。
残る最後の次元断層――アンダーソンが、遂に消失したのだ。
「この日を……この日を、どんなに待ち侘びたか……!」
まるで人間のように、全身をぷるぷると小刻みに痙攣させ、アルバートは歓喜に打ち震えていた。
「……おや?」
時間にして数秒の後、彼は観測モニター上に、味方機の反応を示す光点の存在に気付く。
「ヴァームラウス……そうか、彼らもしぶとく生き残ったか」
熱圏に健在の凱旋した英雄に対し、さほど興味もなさげにそう呟くと、アルバートは手近な中空にホログラムのタッチパネルを表示させ、何らかのコマンド操作を実行に移した。
が。
「…………む?」
期待した結果が得られないことに、アルバートは眉をひそめ訝しむ。
次に彼は、ヴァームラウスとの通信チャネルを開こうと試みるが、相手は通常空間に戻っているにもかかわらず、何故かこちらも失敗に終わった。
「……どういうことだ?」
レイルバインの時は、特に問題なかったのだが。
(整備を担当したレイチェルが何かミスをやらかしたか? ――いや、いくら彼女でも、同時に複数の整備不良は流石に考えにくい)
そうこうしている内に、依然連絡の取れないヴァームラウスがラストパラダイスへの帰還シーケンスに移行を始めていた。
(……何か、想定外の事態が起きている)
即座にそう判断したアルバートは、有事に備えてあらかじめ用意しておいた緊急システムを起動すべく、展望室の中央部へと身を翻す。そこは、今回のようなイレギュラーなケースが発生した際に、システムに即時アクセスするためのターミナルコアとなっていた。
アルバートが中央部に辿り着くのと、帰投したヴァームラウスが展望室内を覗き込むのは、ほぼ同時だった。
――否。
「……なんだ、あの機体は……?」
その機体は、ヴァームラウスではなかった。
識別信号は確かにヴァームラウスのものだったが、その外見は、かの機体と似ても似つかない。
泣いている、あるいは怒っているような半月状のツインアイが、黄色い光を煌々と宿しながら室内を睥睨している。
その下にある黒いフェイスマスクは攻撃的な意匠をしており、さながら口角を吊り上げて大きく開いた口のように見えなくもない。
額に二本の角を生やし、全身紫を基調とした件の機体は、どことなくおどろおどろしい鬼女の姿を連想させた。
紫の正体不明機は、ラストパラダイスに取り付くなり、左手を頭上に掲げてみせる。
そして。
『――タリスマン、開放。絶対障壁、展開』
搭乗者のものと思しき音声がオープンチャネルで送られてくると同時、紫の機体を基点に謎のフィールドが発生、ラストパラダイスを半径とした宙域一帯を特殊結界で包み込んだ。
「こ、これは、まさか……!」
何かに気付いたアルバートが、出し抜けに怪しげな挙動を始める。
がくがくと首や肩を震わせたかと思えば、次の瞬間には糸が切れた人形のように、膝からがくりとくずおれそうになるアルバートの身体。
完全に転倒しそうになるすんでのところで身を持ち直した彼は、ふらふらと立ち上がった後、苦々しげに悪態をつく。
「やはり、思念昇華が阻まれる……ということは、この結界も、次元断層と同じ……?」
意味不明な独白をうわ言のように漏らしていたアルバートは、はっとした様子で顔を上げる。
「――まさか、狙いは始めから……」
『――話は全て聞きました』
再度、オープンチャネルを通じて正体不明機の搭乗者から声が届く。
その声色は、怨嗟の響きで満ち満ちていた。
『ずっと、わたしたちを騙してたんですね……?』




