キツネとおはぎ
七海ちゃんの手に持たれたプラグはそれぞれ先端が真っ白と真っ黒になっていた。
確か、正常なプラグって先端がキツネ色になっているはずだよね……。白いのは焼け過ぎで、黒いのは燃焼不足だって教習所で教わったような……。
一体どうしたんだろうと思っていると、舞華ちゃんが言った。
「これって、いくつか原因が考えられるんだけど、RBのツインカムだっていうところも考えてシューティングしていこうかぁ!」
と言う事は、この車特有のトラブルって事もある訳かな?
「まずは、プラグを外しているから、そこら辺からチェックしようかぁ」
舞華ちゃんが言ってプラグの上部を外して色々見て、他の3年生が続々とやって来て、その周辺を見たり、いじったりし始めた。
「何を見ているの?」
私が舞華ちゃんに訊くと
「RBの異常燃焼は、イグニッションコイル絡みの事が多いんだよ」
と言うと、プラグ上部にあるイグニッションコイルをひっくり返してみたり、てっぺんのところを見たりしていた。
説明を聞いたところでは、今の車には多く採用されているダイレクトイグニッションコイルというものを、かなり早い段階から採用したのがこのエンジンだそうだ。
このシステムによって燃焼ロスが無くなるという素晴らしい技術らしいのだけど、古くなってくるとコイルが寿命を迎えて、異常な燃焼が起こってくるのだそうだ。
「黒くなってるのは、恐らく1気筒火が行かなくなっちゃって、その結果で異常燃焼が起こったんだと思うよ」
舞華ちゃんは、コイルを1本ずつチェックしていたが、その脇でエンジンを見ていた柚月ちゃんが
「これだと思うよ~」
とちょっと大きい声で言ったので、私はそちらへと行った。
柚月ちゃんが持っていたのは、コイルに繋がっている太い配線だった。その先端のカプラーを指さして
「ほら~、カプラーのロックが折れちゃってるよ~」
と言った。
私はそれを見ると、カプラーの上部にあるロックボタンが、押しこまれたまま爪が折れていた。
「樹脂は経年劣化と温度変化に弱いからね~。これで接触不良を起こしちゃったんだと思うよ」
舞華ちゃんが言った。
このロックが折れた事によって、フリー状態になったカプラーが、走行中の振動によって微妙に抜けていって接触不良を起こしたのだろうというのだ。
完全にすっぽ抜けていれば気がつくのだろうけど、この状態だと普通に走っている中でちょっと抜けてしまって通電が一瞬不良になる程度だったのではないかという推測だった。
私は、プラグチェックした1年生の塔子ちゃんと真由ちゃんに訊いてみた。
「そこは最初から折れていたので、これで補強されてました」
そう言った真由ちゃんが渡したのは1本のタイラップであった。
それを見た舞華ちゃんは訊いた。
「え? それ1本だけで?」
「ハイ」
すると舞華ちゃんは
「燈梨。恐らくこれ、どこかで壊されたんだね」
と言って、グローブボックス内の車検証入れをまさぐり始めた。
「最後にプラグ関係を触った時に折れちゃったんだよ。その時期を探れば、この車がどれだけこの状態で走っていたのかが分かるよ」
と言って、整備手帳を取り出した。
私も一緒にそれを見ていった。
前の持ち主は結構マメだったようで、購入記録の類までをすべて取っていたので、基本はディーラーで行っているオイル交換を、たまにカー用品店でやって貰った場合の伝票や、ETCのセットアップ票まで入っていた。
「おかしいなぁ……こんな修繕されてたら、絶対ディーラーで指摘されるんだけどなぁ……」
舞華ちゃんは首をひねりながら考え込んでいたが、その時
「なんかあったっス!」
と、室内を見ていた七海ちゃんが言って1枚の紙を持ってきた。
「サンバイザーのチケットホルダーの中にあったっス!」
ちょっとクシャクシャになりかかったその紙を開いていくと、さっきと同じガソリンスタンドの伝票だった。
そこにはやはり2ヶ月前の日付と『オイル、フィルターコウカン、プラグコウカン』と書かれていた。
私は、さっきのATF交換の件で分かってはいたが、改めて原因が分かってしまった。
顔を上げると、舞華ちゃんと目が合った。舞華ちゃんは私の表情を見ると
「燈梨。皆まで言わなくても分かってるよ。その通り、全ての元凶はあそこのスタンドだろうね」
と言った。
七海ちゃん曰く、そのスタンドは県道沿いの大きなところで、アルバイトのスタッフの多いスタンドだそうだ。
「私たち高校生の原チャとかには、凄く冷たいっスよ! ムカつくから行かないっス!」
七海ちゃんが言って、他の1、2年生も頷いた。
「でも~車で行くと、しつこいくらい寄って来るよね~『エンジン点検しますよ』とか言ってさ~」
柚月ちゃんがへらっとして言った。
曰く、セルフスタンドなのに、車で行くと凄く店員がにじり寄ってきて面倒らしく、やっぱりみんな敬遠しているそうだ。
「えぇ~! 私は、たまに行くけど何も言われないよ」
舞華ちゃんが言うと、優子ちゃんが
「マイ。確か免許取ってしばらくした頃、あそこでボンネット開けて見せたでしょ? あれでマイのR32はタービン交換されてるのを見られたんだよ。だから、面倒臭いと思われて声かけられなくなったんだよ」
話によると、優子ちゃんと舞華ちゃんが出かけた際にそのスタンドでエンジンルームの点検をさせてくれと言われて、舞華ちゃんは生返事で受けたそうだ。
その際、優子ちゃんは、ボンネットを開けた店員が、エンジンの助手席側を見て、明らかに表情が固まっていたのを見たそうだ。
「あぁ、それだけいじってる車のオーナーだと、なに言っても言い負かされそうだから、声掛けしないようにしたんだな」
「マイ~良かったなぁ~。ブラックリスト入りしたんよ~」
結衣ちゃんが言った後、柚月ちゃんがニコニコしながら言って、舞華ちゃんの肩をポンと叩いた。
「うるさい柚月! なに黙って作業の手を止めてるんだよぉ、余計な事を考えずに、ただただ働け働けぇ!」
「や~め~ろ~!」
舞華ちゃんが柚月ちゃんに掴みかかっていって、いつもの掛け合いが始まった。
しかし、そうなるとプラグ自体はほぼ新品って事だね。
でも、この真っ黒なまま付けるのは流石にダメだと思うんだよね。
う~ん、まずは状況を整理してから指示を出そう。
七海ちゃんと沙綾ちゃん、陽菜ちゃん、七菜葉ちゃんを呼んだ。
「爪の折れたカプラーは新品にしないとダメだと思うんだよ。他にはプラグはほぼ新品だから、洗浄で済ませるとして、それだけで良い?」
と訊いてみると、陽菜ちゃんが
「ダイレクトイグニッションコイルは、アキレス腱の1つですし、この年式ならいつ壊れてもおかしくないので、交換しましょう!」
と言った。
さすが陽菜ちゃんは、この車に強いね。
「でも、ダイレクトイグニッションは高いみたいですよ。予算的にどうなんでしょう?」
沙綾ちゃんが言った。
どうも、8万円くらいする物らしい。
確かに、その価格だとちょと躊躇しちゃうね。今回はカプラーの方も買わないといけないから、その分を加えると10万円くらいしちゃうのか……。
「社外品がありますよ」
七菜葉ちゃんがスマホ片手にやって来て言った。
ホントだ。色々なメーカーのがあるんだね。純正同等品っていうのと、高性能版があるのか。
一体どれにすればいいかも分からないね。まずは、教師水野に相談するとしても、交換する部位はハッキリしたよね。




