コンディションチェック
この車の大まかなコンディションチェックが始まった。
ここまで走ってきた事、そしてエンジンの音を聴く限り、決定的なダメージは無いみたいだ。
でも、私たちに分かるレベルの不調なんて、それは既に致命的すぎるのではないかと自嘲的に口にすると
「燈梨、そんな事ないよ。人間の勘っていうのは最も大事なファクターだって、兄貴も言ってたよ」
と舞華ちゃんが言った。
七海ちゃん達に聞いたところによると、舞華ちゃんのお兄さんはこの辺では有名な走り屋だったらしく、この学校の出身だったためにこの学校にも数々の伝説を残している人だそうだ。
そして、東京でプロのレーサーになった後、車関係のライターをやって、その後業界からは身を引いてサラリーマンになったそうだ。
車も数えきれないほど乗り継いでいて、その大半は再起不能の状態になったそうで、この辺の谷底に何台も引き揚げられないまま残っているという噂もあるそうだ。
数えきれないほどの中古車を乗り継いだお兄さんの言う事なら間違いないんだろうと思って見てみると、このセフィーロは心なしかしっかりしているように見えた。
ベルトは要交換としても、音には問題ないし、車自体に異常は感じられないので、今度は消耗品のチェックに入る事にしてエンジンを切った。
エンジンがある程度冷えるまでの間、時間が空いたのであちこちをチェックしてみる事にした。
「中古車を買う時に、まずチェックするのはここだよっ!」
七海ちゃんが開いているボンネットを指しながら言った。
七海ちゃん曰く、エンジンルームに妙な継ぎ痕や、皺などがあった場合は、それは激しい事故を起こして修復した痕跡らしい。
私も一緒に見て回ったけど、そんな痕跡は無いみたいだ。だから安心だね。七海ちゃんと顔を見合わせて頷いた。
しかし、悠梨ちゃんが言った。
「でも、フロントの先端を事故って修復してるね。修復歴あり扱いにはなるよ」
「ええっ!?」
私たちの驚いた表情を見て悠梨ちゃんが指差した。
そこは、ライトのすぐ後ろにあって、左右を繋いでいる鉄の骨格部だった。
「このコアサポート。色が違っていて、明らかに塗り直してるよ」
私たちはそこを見た。
パッと見は同じ色に見えるそこが、よく見るとちょっとつやの感じが違う上に、メタリックの色合いも少し違うように見える。
そして下から見ると、少し塗装がはみ出したようで、黒い部分に塗装がついてしまっている箇所が見られた。
そういうところまで見るんだ。
私と七海ちゃんは、驚きを隠せなかった。
すると、悠梨ちゃんは
「でも、分からなくても無理はないよ。この鈑金って、恐らくディーラーかどこかに頼んだんだと思う。凄く丁寧にやってるから、よく見ないと分からないもん」
と、へらっとしながら言った。
確かに、私たちもそれなりに注意して見ていたけど、見た感じに色が変わっている様には見えず、これもよく陽に透かしてみて、初めて分かるレベルの違いだったので、鈑金をした人の腕が良かったことが分かる。
このセフィーロの色は薄い青のようなシルバーなので、特に色味を合わせるのが難しそうなのだ。
他にはドアを全部開けてみて、その下にあるキッキングという傷防止の樹脂を外して、皺や錆が無いかを見たり、トランクを開けて床に皺が無いかを見たりして、徹底的にチェックしていた。
うん、先端がぶつかって修理されている以外は事故は無かったみたいだし、下回りやドアの裏側とかにサビも出ていないし、正直上物と言える車だったよね。
「まぁ、年式が古いのと、オートマが故障して修理が高額だったから廃車したんじゃないのかな?」
それにしても、オートマって故障するんだね。
マニュアルと違って、過回転で変速したりしないから、Dに入れて走っていれば故障なんてしないものだと思っていたよ。
「恐らく、原因はこれっスよ!」
グローブボックスを開けて中を見ていた七海ちゃんが、1枚の紙を見せながらこっちにやって来た。
どうも、ガソリンスタンドの伝票みたいだね。
その内容を見た途端、舞華ちゃん達3年生は、顔を見合わせて『あちゃ~』みたいな表情になっちゃったよ。
私はその内容をもう1度見てみた。
そこには『ATFコウカン』って書かれていた。
ATFって、オートマのミッションオイルだよね?
なんで? ミッションオイルって交換するものじゃないの?
すると、舞華ちゃんが言った。
「そうなんだけど、マニュアルのミッションオイルが潤滑油なのに対して、ATFは作動油なんだよ。だから安易に交換すると壊れるリスクがあるんだよ」
え? よく分からないよ……といった表情が顔に出ていたのだろう。舞華ちゃんは続けて言った。
「例えば、新車時から定期的にディーラーで交換してた。とかなら良い事なんだけど、恐らく今回は古くなってから、勧められて初めて交換したんだと思うよ」
私は伝票の日付を見た。
2ヶ月前の日付になっていて、車が抹消されたのはその翌月になっている。
話によると、長年交換されていないと馴染みが出てくるので、その状態で新しいものに入れ替えると、長年の汚れが取れてしまったことにより、逆に経路が詰まってしまう事なんかもあるらしい。
しかし、このセフィーロの走行距離は5万キロ程度なので、そこまで酷いものだろうか?
「恐らく~、スタンドで交換したってところも大きいんだろうね~」
柚月ちゃんが言った。
柚月ちゃん曰く、ATFの交換方法にもコツがあるそうで、専門店などでは凄く交換に時間をかけてやるそうなのだ。
それを知らないバイトスタッフなどに交換させていると、ただ入れ替えるだけになってしまい、結果、このセフィーロのようなケースが発生してくるのだという。
「という事は、エンジンも問題なしって見て問題ないよ」
舞華ちゃんが言った。
本来、ミッショントラブルになる場合は、エンジンの使い方に問題があって、複合的に見舞われる場合もあるのだが、今回は明らかにATF交換によるトラブルだというのが分かっているので、それは無いというのだ。
「それに、これを見れば分かると思うよ」
舞華ちゃんはダッシュボード脇の、ドアを閉めると隠れてしまう場所を指さした。
そこには日産のマークの入ったシールが貼ってあって、オイル交換の日にちとオイルの種類、次回交換の距離が書かれていた。
そしてその周辺には、そのタイプのシールが貼ってあったであろう痕跡がたくさんあったのだ。
それによって、オイル交換が定期的にディーラーで行われていたことが分かり、少なくとも定期的なオイル交換と点検が行われていたことが分かるのだ。
「これで、分かるでしょ?」
舞華ちゃんがニコッとしながら言うので、私も思わず
「うんっ!」
と頷いて言って、見つめ合ってしまった。
すると、背後でオホン! と七海ちゃんの咳払いが聞こえた。
「御二人共、残念なお知らせがあるんですが、今プラグを外してみたところ、真っ白と真っ黒になっていました」
という七海ちゃんの手には2本のプラグが握られていた。
確かに1本は煤けたように真っ黒、もう1本は真っ白だった……。




