表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/598

通過儀礼

 放課後になって部が始まった。

 私は七海ちゃんと教師水野の所に行って、用意して貰う書類の打ち合わせをした。

 舞華ちゃんが昼休みに教えてくれたおかげで、どの書類に判が必要で、事前に学校の判を押してもらう必要があるのかが分かっていたので、教師水野にも念を押しやすかった。


 「こういうふうに対処すればいいんですね」


 部室に向かう途中で、七海ちゃんが感心したように言った。

 そうだね。教師水野は理路整然と言ってくるから、こっちからも理路整然と言えばすんなり納得するみたいだ。

 顧問との関係性も部活動の重要な役割だもんね。

 もう少し3年生からも聞いておいた方が良いし、私たちは教師水野の授業を受けてるんだから、クラスの化学の準備担当の人達にも訊いてみた方が良いかも。


 「今度、クラスの化学の担当にどうやってるのか訊いてみるっス」


 七海ちゃんも同じことを考えていたみたいで、そう言った。


 みんなが活動しているガレージに合流すると、セフィーロの周りは人だかりができており、あちこちをみんなで見ていた。

 私たちが来たのを見た舞華ちゃんが言った。

 職員室に行ってる間、3年生に監督をお願いしていたんだ。


 「おおっ、燈梨ぃ! 水野の奴はやるって言ってた?」

 「うん、ありがと」


 舞華ちゃんにお礼を言うと、私も車の前に立った。

 セフィーロという車は初めて見たけど、開いているボンネットから覗くエンジンは、見慣れたR32型スカイラインのそれと同じ物に見えた。


 「油脂やプラグは交換前提だし、ブレーキも見ておいた方がいいけど、ミッションとデフオイルは交換してあるし、基本的な点検はしてあるよ」


 舞華ちゃんの説明を聞いて狙いは分かった。

 折角の部車の車検取得をやるんだから、私達1、2年生に基本整備を学んでもらいたいんだ。

 確かに、たくさんの部車があるけど、ほとんどが3年生がメインで整備を完了させているものばかりで、私たち現役生が主導で仕上げた車は無かったのだ。


 そこで、みんなを集めて緊急ミーティングを行った。


 「このセフィーロの整備と登録を、私たちでやるけど、まずはどこを整備していくのかと、班割りを決めるよ」


 私が言うと、早速手が挙がった。


 「オイルとフィルターの交換は必要だと思いますっ!」

 「プラグの状態を見て、ダメだったら交換するべきだと思います!」

 「ブレーキのオーバーホールは通過儀礼だと思います!」


 凄い。みんなからやりたい事が溢れ出てきているよ。

 私の予想だと、最初はシーンとしていて、恐る恐る誰かが手を挙げて、そこからようやく出てくるのかと思っていたけど、あまりにも最初から飛ばしてくるから、呆気に取られていた。

 すると、私の耳元で沙綾ちゃんが言った。


 「みんな、今までの部車の整備を断片的にやって来たし、先輩たちの苦労話を聞いているので、知識量は相当なもんなんです」


 その話を聞いて私はなるほどと思った。

 今までに入ってきた部車は大半がボロボロの状態だったと聞いているし、そうでなくとも中古車は整備してから乗るものと、この部活動で叩きこまれているそうなのだ。


 私はこの手の整備に関してはほぼ初めてなので、みんなの意見を聞いたり、検索して調べてみたりした結果、オイルとフィルターの交換、ブレーキのオーバーホール、プラグやエアクリーナーのフィルターチェックというところに落ち着いた。


 「この車、オートマだったから、ブレーキローターも交換した方が良いかもね」


 優子ちゃんが突然言った。

 どうやら、オートマ車だとエンジンブレーキを使わずにフットブレーキだけで止まる傾向があるため、ブレーキローターがガタガタであることが多いそうだ。


 「まずは~、現物を見てから判断した方が良いよ~」


 柚月ちゃんが言って、私も現状把握が最優先だと思った。

 エンジンをかけてみると、異音などはしなかったけど、エンジンが温まってくるにつれて

 “キュオオオオーー”

 という不快な音がしてきた。

 すると、3年生が一斉に苦い表情になった。


 「燈梨、ミッションの載せ替えにばかり目が行っていて、ベルトが劣化してたみたいだ。ホントにゴメン!」


 舞華ちゃんが頭を下げながら言ったので


 「そんな事ないよ! この車の一番大変な作業やってくれただけでも凄く有り難いよ。整備は私たちの役目だから気にしないでよ」

 「そうっス! 先輩たちは悪くありません。むしろ、作業する余地があって自分達は嬉しいっス!」


 私と七海ちゃんは瞬時にフォローした。

 別に舞華ちゃんが先輩だからではなくて、色々作業する余地があった事が嬉しかったし、雲の上のような遠い存在に思えた舞華ちゃん達3年生にも、こんな人間らしいポカミスが発生していた事を知り、身近に感じる事ができて、凄く活動に張り合いが出てきたのだ。


 すると、舞華ちゃんは


 「いーや、私らがミスしたことは間違いないからさ、代わりに柚月をみんなでボコボコにしていいからね」


 と言って柚月ちゃんを羽交い絞めにすると、私たちの方へと差し出した。


 「なんで~私なんだよ~!」

 「柚月がメイドコスなんかで作業するから、日程が押したんだろうが!」

 「あれはマイと水野の仕業だろ~!」


 私は、ここで真面目に返すと、折角3年生が作ってきたほんわかとした空気感が()がれて、暗い部になってしまう事を感じて、冷静な口調で言った。


 「そうですね。みんな、柚月ちゃんをヤっちゃって!」

 「おお~っす!」

 「や~め~ろ~!」


 1年生の半分と七海ちゃんが、柚月ちゃんにかかっていっている間に、私は沙綾ちゃん達とエンジンルームを見ていた。


 「確か、RBエンジンはタイミングベルトなんですよね」


 陽菜ちゃんが言った。

 確か、燃焼室の上部にあって混合気を出し入れするバルブを開閉させるカムと、ピストンの動きに合わせて動力を発生させているクランクを繋いで、回転のタイミングを合わせる役割を持つベルトだよね。

 これが切れちゃうと、本来ピストンが圧縮工程で上がっている時には閉じていないといけないバルブが開きっ放しになって、ピストンと接触してエンジンがブローしちゃうこともあるっていうエンジンのアキレス腱的なベルトだよね。


 確か、シルビアのSRエンジンはチェーンだから定期的な交換は不要だったけど、RBエンジンはベルト式だったんだね。


 私たちはエンジンを見ていくと、車の前端に近いカバーのところに銀色のシールが貼られていて、タイミングベルト交換時期と距離数が書かれていた。

 30年って事は、平成30年って事だろうね。距離数も、今の走行距離と7,000キロしか違っていないから、きっと交換後はそんなに走っていなかったんだろうね。


 「ほとんど走っていないですよね」


 陽菜ちゃんが言って私と沙綾ちゃんが頷いた。

 恐らく、普段は軽トラックとかで過ごしていた家じゃないかって沙綾ちゃんが言っていた。

 この辺には結構多いらしくて、普段使いは軽トラックで過ごして、遠乗りや、冠婚葬祭の時には立派な乗用車を出すっていう使い方が、年配の人を中心にあるらしい。


 「日産だし、この辺か隣の県の年配者ってところですかね」


 沙綾ちゃんが続けた。

 この辺は最近までずっと日産の方が強くて、伝統的に日産を乗り継いでる年配者が多いんだって。

 恐らくだけど、初代のセフィーロはサニー系列とブルーバードの系列で扱っていたから、ブルーバードを乗り継いで、上級の車種が出たっていう事でセールスに薦められてセフィーロを買ったんじゃないかって推察みたいだよ。


 こんな推察ができるのも、自動車ならではの楽しみなんだ。

 私はしみじみと思いながら、車の違った楽しさを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ