↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/598

野暮とブレーキ

 沙綾ちゃんに部の監督を任せて、七海ちゃんと一緒に職員室に教師水野を訪ねて、コンディションチェックの結果、必要になったものについて打ち合わせた。


 「了解した。物の選定と金額が分かった段階で教えて欲しい」


 とあっさりと言っただけで終了となった。

 あまりにあっさり過ぎるので、私は


 「高額になりそうなのでお伺いを立ててるのですが、大丈夫なんですか?」


 と念を押すように言うと、教師水野はちょっと訝しげな表情になって言った。


 「大体の金額は把握しているつもりだよ。ただ、諸君がどのグレードのものを選ぶのかによって変わってくると思っているのだが……」

 「でも、それを含めての先生の意見を伺いたかったんですけど」


 私が食い下がると、教師水野は口元にフッと笑みを浮かべて


 「私は少なくとも、自由闊達な意見のやり取りをして欲しいと思っているよ。なので、ここで予算を抑えろというような野暮を言うつもりはない。それだけだ」


 と言うと、机の上にある書類に向かって目を落としたため、私と七海ちゃんは職員室を出てガレージへと戻った。


 教師水野との打ち合わせの結果をみんなに話すと、なんかみんなは慣れきっちゃったみたいで、特に驚く様子もなく納得しちゃって、沙綾ちゃんが


 「だったら、性能重視で選んじゃいましょうよ」


 なんて言い出す始末なんだよ。


 「ちょっと待って。慎重に選ぼうね」


 私が言うと、舞華ちゃんが人差し指を左右に振って“チッチッチ”とやりながら


 「燈梨ぃ、水野という人間がまだ分かってないみたいだね。あいつは裏表とか、腹の中で企んだりとかそういうのは無いの。子供と同じで単純なストレートなの!」


 と言った。

 私は、そうは言われてもどうにもお腹に落ちないのだ。

 すると、舞華ちゃんが続けて


 「それに恐らくだけど、今回の部車の購入予算を貰っているはずだけど、このセフィーロの購入金額を思いきり圧縮して、パーツ代にプールしてるんだと思うよ」


 と言った。

 私はそんな事ができるのかと思っていたが、今度は柚月ちゃんが


 「恐らく~市場価格を調べて~、解体屋さんから近い金額で買ったって事にしてるんだと思うよ~」


 と言った。

 いつも色々な物資や車の支援を受けている解体屋さんだけど、その実態はいつもベールに包まれていて、その内を窺い知る事ができないんだよね……。

 すると、舞華ちゃんが私の沈黙を破るように言った。


 「とにかく、細かい事は気にせずに、必要なものを性能重視で選んでいって、合計金額を出したら水野にぶつけてやれば良いんだよ」


 よし、それじゃぁみんなで必要な物のランクを決めていこう。

 まず、ベルトとコイルに繋がるハーネスはディーラーで純正品を購入で、コイルは思い切って一番高性能なのにしよう。

 そしてブレーキは、オーバーホールキットとローターを買って……と


 「燈梨、ローターを新品にするんだったら、パッドも新品にしないと勿体ないよ」


 と舞華ちゃんが言った。

 せっかく新品にして段差が無くなったローターに、前のローターの癖がついて段差になったパッドを押し付ける事によって、またガタガタになってしまうそうだ。

 なるほど、それじゃぁ意味ないね。まるで洗濯した服をお米の研ぎ汁ですすいでいるみたいだよね。


 そして、ブレーキパッドに関しては、この辺は山道の上にセフィーロは前が重たい事から、少し強化されたスポーツパッドにした方が良いという意見が3年生から出た。


 「部のS14もスポーツパッドだしね」


 悠梨ちゃんが言った。

 どうやら教師水野が用意したものらしい。


 私たちは試しにスポーツパッドを作っているメーカーのサイトにアクセスしたけど、一体どれにすれば良いのかが分からない程種類がたくさんあって、正直悩んでしまった。


 「この温度域って言うのは重要で、普通の車の純正で大体300~350度だから、そこより高い温度域をカバーしているのであれば良いよね」


 と舞華ちゃんが教えてくれた。

 でも、この温度域もただ高ければ良いという訳では無くて、高すぎるものは逆に低温域での効きが悪かったりするので、HPのフローチャートを見ながら総合バランスが取れているものを選ぶのが良いとの事だった。


 「まぁ、サーキットに行くわけでもないから、450~500度までカバーできてれば充分だと思うよ」


 舞華ちゃん曰く、ブレーキ系のメーカーのテストドライバーをしていたお兄さんからの受け売りだそうだけど、そんなためになる情報がすぐに出てくるのって凄く羨ましいな。

 私がそんな事を言うと、舞華ちゃんは照れながら言った。


 「そう? えへへ……。でもね、あのクソ兄貴が役に立つようになったのは、車に乗るようになってからで、それまではこの地区全体のガンだったんだからね」

 「マイ!」

 「うるさい優子! だったら生徒指導の加藤とか、総代の下島とか、教頭の前で兄貴の名前出してみろよ。凄く嫌な顔されるんだからね!」


 優子ちゃんが諫めると、舞華ちゃんは鬼のような勢いで反論した。


 「マイ先輩のお兄さんは、この学校では伝説のヤバい人だったんです……」


 七海ちゃんが耳打ちしてくれた。

 それによると舞華ちゃんのお兄さんは、校内では普通の生徒で、成績も悪くはないのだけど、車やバイクに乗ると人が変わったようになるそうで、校長先生の車をバイクで煽ったり、月一の安全運転講習会の実技でウイリーやハングオン走行をして警察の人から怒られたり、車に乗るようになるとRX-7で校庭をドリフト走行した挙句、桜の木にぶつかってなぎ倒してしまったそうだ。


 舞華ちゃんのお兄さんが在学中は、校内の舗装箇所の至る所にタイヤ痕がついていて、毎週舞華ちゃんのお兄さんが掃除させられていたそうだ。

 更には校門前に舞華ちゃんのお兄さんと勝負しに来たと思しきバイクや車が毎日のように待ち構えていて、その度に生活指導の先生が出動する事になって、本当に大変だったそうだ。


 なるほどね、舞華ちゃんがお兄さんの事となると血相を変えて怒る理由もなんとなくは分かるかな、そんな意味での有名人になるんだったら、私もちょっと遠慮したいかな……。


 そんな事を思いながら、私はみんなのパッド選びの輪に入っていった。

 なんか、ブレーキパッドって思ったよりも安いんだね。私はてっきりこの倍以上はするものだと思ってたよ。


 「昔に比べれば~半額近くになったんだよ~」


 柚月ちゃんが言った。

 20年以上昔は、そうそう手軽に試したりできない程高価で、ブランド等を変えるのは勇気のいるものだったんだけど、ある時から競って低価格になり始め、そしてそれが落ち着いて今の価格になったらしい。


 みんなの話を聞いてみると、どうも1、2年生はフローチャート重視で高い温度域のパッドを選びたがるように思う。


 「この辺の山道は、勾配がきついっスからね~。やっぱりこの辺なんかが良いと思うっス」


 七海ちゃんが推してるのって『サーキットを極めし者に贈る』って、キャッチコピーになっていて、明らかに私たちの使い方とは合ってなさそうに見えるよ。

 少なくとも、私のシルビアのブレーキは、この辺を走る分には充分だから、それと同等で問題ないかな……と思って、私は改めて考えた。

 私のシルビアのブレーキって、何が入っているのだろうって。


 それが分かっていないので、どのくらいという話をしようがないのだ。

 でも、部にあるシルビアでも問題は無いのを思い出した。


 「でもね、部のシルビアでも充分によく効くんだよ。だから、そこからはじめてみるってのは、どうだろう?」


 と発言すると、舞華ちゃんが


 「それで良いと思うよ。あのシルビアのパッドは、水野がチョイスしたんだけど、温度高めで、サーキット走行会までカバーしてるバランスの取れたものだからね」

 

 と賛成してくれた。

 すると沙綾ちゃんが


 「そうだよ、実際に車に乗っている人たちがチョイスしてくれているものから始めていくのが、一番の近道だよ!」 


 と呼びかけると、みんながそれに賛成してくれた。

 これで、買いそろえるものは決まった……しかし、私は、今日思い知ってしまった事実『自分の車の今の状態を知らない』という事が、胸に突き刺さっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。