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さらさらと、風に撫でられた大樹が葉を鳴らし、木漏れ日を遊ばせている。吹き抜ける風は、穏やかに眠る少女の頬を撫でる。
広大な草原の中で、まるで思い出したかのように点在している大木の内、一際大きな木の懐に少女は居た。
そこから少し離れた場所にある、少女の前を横切る形で伸びた街道の風上に、二つの影が並ぶ。
「なぁアル〜、そろそろ休憩しよ〜ぜ?」
「リアンお前…さっきからソレしか喋る事ないのか」
「だってさぁ〜幾らさっきの村の奴らがこの辺りで鳥型のフォーヴを見たからって、さっきから影も形もないし?俺等に気付かれないフォーヴなんて、知能が高い上位種ぐらいだろ〜?襲われた訳じゃないって言うし……やっぱただの見間違いなんじゃね?」
「まぁ…確かにこのナギ平原では、子供でも倒せる最下位のフォーヴしか報告されてないが……誤報かどうか調べるのも任務だ、諦めろ」
唐突にザァーッと吹いた風が、一瞬の間だけ風向きを変える。まるで何らかの意思が働いた様にー…
「はいはい、分かりましたよっと…ん?……アルッ!この匂い…!?」
200年前ー…自らを神の子だと思い上がった人間達が、全ての獣人を支配下にする為に起こした大戦の結果、人間側は跡形もなく滅ぼされ、獣人側に付いた少数の人間達も、大戦で世界に及ぼした影響に心を痛め、雪山に囲まれたダム・ブランシェに次々と移り住むようになった。
「…あぁ、人間だな。こんな所で貴族が一体何を……?」
しかし、戦争を始めたのが人間なら、終わらせたのもまた人間だった。ダム・ブランシェの外に出て、獣人との共存を願った一部の人間は、国によって厳重に管理され、且つ人間を憎む獣人達から守る為に、国からの信頼の証として、貴族に贈与される事になった。
「行ってみよ〜ぜ?鳥型フォーヴの正体かもしれないしッ」
贈与された人間は、体裁的に『奴隷』と称されているが、この世界の奴隷は元より、人権を侵される事は無いし、主人も選べるようになっている。ただ人間の奴隷に於いては、国が厳密に調べた上で主人を決められている。
「やけに嬉しそうだな」
しかしその分、人間の奴隷が傷付くような事があれば、国からの信頼を裏切ったとして、主人である貴族には重い罰が下される。
「これで帰れる……ッ!!」
だから、人間の側には必ず主人である貴族が居る事になる。
「……だといいな」
街道から外れ、2人が草原を踏みならす傍には、太い鉤爪で地面が抉られている箇所が所々目立ってきた。
「誰だか知らね〜けど、ご乱心だなぁ?」
「気を抜くな、まだ貴族がやったとは限らない。フォーヴの縄張りに誤って入ってしまった可能性もある……限りなく低いが」
「ん〜まぁ、この爪跡の感じだと暴れたってゆうよりは、縄張りの方がしっくりくるけど……この状況じゃあよっぽどの馬鹿しかあり得ないよな?」
「その馬鹿が居ない事を祈れ」
「だなッ、これ以上仕事増やされたくないし〜」
「……あぁ、本当にな」
『……気のせいか?一瞬とはいえ、風上に『1人』しか感知出来なかったが……。』
一際目立つ大木の下……少し癖のある白髪に、夕日を映し込んだ様な茜色の瞳を持つ青年が、鼻をひくつかせながら、辺りを忙しなく見渡す隣で、まるで頭痛を堪えている様に、灰黒の髪を持つ頭を片手で押さえる青年は一つ、重い溜め息を吐いた後、ひた…と、その紺碧の瞳に眠る少女を映す。
「え?あれ?どうしようアル……俺目が悪くなった?この辺りに俺等2人と人間の女の子しか居ないように見えるんだけど」
「はぁー…、心配するな。俺もそう見える」
「……あり得ない」
「……」
『おかしい……人間が居るのに何故街道を外れた?フォーヴに襲われたのか?…いや、街道にそんな痕跡は無かった。ならば、やはり爪跡はコイツの主人が……?いや違うッ!例えそうだとしても、目の届かない場所まで貴族が人間から離れるのはあり得ない……!!思い出せ……縄張りのような爪跡……放置される筈のない人間……報告された鳥型のフォーヴ……鳥型?』
「…ッリアン!!風下へ急げ!!」
大木の下から灰黒の塊が飛び出し、その後を追うように純白の塊も飛び出して行く。
「あッ!待てよアル!フォーヴに襲われた痕跡は「上位種の鳥型なら出来る!」嘘だろ……クソッ!!」
『間に合ってくれ……ッ!!』




